前橋育英 22年ぶり初出場V 高橋光「奇跡」体調不良も3失点完投

[ 2013年8月23日 06:00 ]

<延岡学園・前橋育英>優勝を決めマウンドで歓喜の輪を作る高橋光(中央・左)ら前橋育英ナイン

第95回全国高校野球選手権決勝 前橋育英4―3延岡学園

(8月22日 甲子園)
 前橋育英(群馬)が、延岡学園(宮崎)を4―3で下し初出場初優勝を飾った。ここまで防御率0・00のエース高橋光成(こうな)投手(2年)は、今大会初の自責点を許しながらも、9回6安打3失点(自責2)で完投。全6試合で5試合完投し、防御率は驚異の0・36。すい星のごとく現れた2年生右腕が、群馬県勢では99年の桐生第一以来、14年ぶりとなる頂点へ導いた。

 最後は自信のある直球、ではなくフォークを選んだ。今大会通算687球目。狙い通りに空振り三振を奪った高橋光は、駆け寄るナインの抱擁を一身に受け止めた。

 「本当にうれしい。4強くらいから優勝を意識していました。奇跡みたいです。まだ信じられない。一球一球思いを込めて投げました」

 疲れは感じていたが、頭の中は冷静だった。4―3の9回2死一、二塁。一打同点のピンチ。「直球は球威が落ちている。スライダーも打たれるかもしれない。フォークしかない」。カウント1ボール2ストライク。直前の3球目に、この日唯一の140キロ超えとなる141キロをマークしたが、直球を2球続けるほどの自信はなかった。捕手のサインに首を振って、フォークを投げた。ファウル。続く5球目。再度フォークを投げ込み、初優勝を手にした。

 全6試合で5試合完投。準決勝までの5試合41イニングを投げ自責点は0だった。しかし4回に4安打を集中され、今大会45イニング目にして初めて自責点2を記録した。「0で抑えたい気持ちはあった」。39年・海草中(和歌山)の嶋清一と48年・小倉(福岡)の福嶋一雄に並ぶ防御率0・00での優勝はかなわなかった。それでも同0・36は、昨年春夏連覇を達成した大阪桐蔭・藤浪晋太郎の0・50さえも上回る堂々の好成績だ。

 酷暑の中での連投。体は満身創痍(そうい)だった。「重くて最初、体が動かなかった。気力だけだった」。前日の試合後から熱中症の症状があり、左目は腫れ、下痢が続いた。毎回ベンチに戻るたびに、指揮官から「どうだ?」と問われたが「いけます」と答え、マウンドへ向かった。

 中学生までは一人で留守番ができないほど気が小さかった。祖母・節子さん(62)は「中学3年まで私の布団にもぐりこんで寝ていた」と笑う。そんな高橋光が「甲子園に出たいから」と親元を離れることを決意。一人で寮生活を続けながら、自立心を養い、甲子園優勝投手にまで成長した。

 だが、これで満足しているわけではない。「また甲子園に戻ってきて、最後は直球で三振が取りたい」。今夏、一躍主役に躍り出た2年生右腕は、早くも来夏の幕切れを頭に描いた。

 ≪背番1の2年生V腕≫

 ☆尾崎行雄 62年夏に浪商(現大体大浪商、大阪)のエースとして出場。事実上の決勝と言われた準決勝で柴田勲擁する法政二(神奈川)を延長11回の末に4―2で撃破。前年夏から3度目の対決で初めて尾崎に軍配が上がり、決勝では桐蔭(和歌山)を1―0で破った。

 ☆峯謙介 94年夏に佐賀商のエースとして、開幕戦で浜松工(静岡)を下すと、樟南(鹿児島)との決勝では9回に西原正勝の決勝史上初の満塁弾が飛び出し8―4で初優勝。峯は全6試合を1人で投げ抜いた。

 ≪22年ぶり14校目≫初出場の前橋育英が初優勝。初出場Vは91年の大阪桐蔭以来、22年ぶり14校目の快挙となった(第1回大会を除く)。前橋育英は延岡学園との決勝を含め、6試合中4試合が1点差勝利。1点差4試合で優勝は17年愛知一中(敗者復活戦を含む)、58年柳井に次ぎ史上3校目の最多タイ。得点合計は20で、6試合を戦った優勝校では58年柳井の19点に次ぐ少なさ。そつのない試合運びで一気に頂点に立った。

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