荒井監督次男・海斗がV打 寮母の母と両親に日本一の親孝行

[ 2013年8月23日 06:00 ]

優勝旗を受け取る息子の海斗主将を見守る前橋育英・荒井監督

第95回全国高校野球選手権決勝 前橋育英4―3延岡学園

(8月22日 甲子園)
 前橋育英・荒井直樹監督の左ポケットが膨らんでいた。「せがれからもらいました。信じられないですね」。ウイニングボールを大事そうにバッグにしまった。主将で4番の次男・海斗とともに、父子鷹で日本一をつかんだ。

 4回に海斗の失策などで3点を失った。同点で回ってきた7回無死三塁。海斗は「ミスを取り返すチャンス。思い切り行った」と、三塁線を破る決勝打を放った。スタンドでは兄・拓海(たくみ)さん(21)と、野球部の寮母を務める母・寿美世さん(49)が見守っていた。

 海斗は小学5年時に作文で「お父さんを甲子園に連れて行って、全国制覇したい」と書いた。父は決勝前に、この作文を読み返してから甲子園に向かった。母には試合前に「お父さんを日本一の監督に、お母さんを日本一の寮母にする」とメールを送っていた。荒井監督は「親子4人がいて、出来すぎ。いい夏でした」と父親の顔で喜び、試合後のインタビューで海斗が「日本一の寮母にできて良かった」と話したのを聞いた寿美世さんは涙で濡れた顔を両手で覆った。自らの手で父を3度、胴上げした海斗は「これ以上ない親孝行ができた」と優勝の余韻に浸った。

 ▼荒井海斗の母・寿美世さん 言葉にならない。まだ夢の続きを見ているような気分。最高に幸せです。

 ≪プロ野球ニュースの元キャスターも≫前橋育英は荒井直樹監督の息子・海斗が選手としてプレーし優勝。監督と選手が父子で優勝したのは、49年に初出場初優勝した湘南(神奈川)で佐々木久男監督の息子・信也さんが1年生で出場したケースがある。佐々木信也さんはその後、プロ野球の高橋ユニオンズに進み、引退後は「プロ野球ニュース」のキャスターとして活躍した。

 ▼(1)高橋光(2年)まだ信じられません。奇跡みたいです。

 ▼(2)小川(3年)最後の打者は三振を取りにいき、取れて良かった。

 ▼(3)楠(3年)フェアプレーで相手を尊重しながらできた。

 ▼(4)高橋知(3年)利根に(同郷の高橋光と)一緒に行って優勝報告したい。

 ▼(5)荒井(3年)周りから応援されるチームになろうとやってきた。

 ▼(6)土谷(3年)投手を楽にさせてあげたいという意識が勝利につながった。

 ▼(7)田村(3年)前橋育英の歴史を塗り替えられた。来年また優勝旗を目指してほしい。

 ▼(8)工藤(2年)最高の先輩たちと最高の舞台で最高の試合ができた。

 ▼(9)板垣(3年)野球人生の中で一番良い守備ができた。

 ▼(10)喜多川(2年)1度先発させてもらい、いい経験になった。

 ▼(11)井古田(3年)甲子園は夢のような場所。自分たちを褒めたい。

 ▼(12)竹内(3年)点が取れなくても、チャンスがくると信じていた。

 ▼(13)富田(3年)3年生はみんな明るくて、明るさを甲子園で出せた。

 ▼(14)内田(3年)まだ実感が湧かない。ずっとベンチから祈っていた。

 ▼(15)板橋(3年)一瞬、一瞬を楽しむことができた。

 ▼(16)小野(3年)自分もベンチから声を掛けてサポートできた。

 ▼(17)若松(3年)最後まで(高橋)光成が投げきってくれてうれしかった。

 ▼(18)須川(3年)優勝した瞬間は信じられない気持ちだった。

 ▼記録員・大竹(3年)最高。優勝の瞬間はうれしくて立ち上がった。

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