弘前聖愛りんごっ子1勝“起こすべ!津軽旋風”

[ 2013年8月12日 06:00 ]

<玉野光南・弘前学院聖愛>6回表1死、三塁、一戸は星から左前適時打を放つ

第95回全国高校野球選手権1回戦 弘前学院聖愛6―0玉野光南

(8月11日 甲子園)
 1回戦4試合が行われた。第3試合では創部13年目で初出場の弘前学院聖愛(青森)が玉野光南(岡山)を6―0で下し、甲子園初勝利を挙げた。4番で主将の一戸(いちのへ)将内野手(3年)が中越え本塁打を放つなどチームをけん引。青森県勢の初出場勝利は、68年に太田幸司を擁した三沢以来45年ぶりの快挙となった。第1試合では木更津総合(千葉)の千葉貴央投手(2年)が、上田西(長野)相手に5失点で完投勝利を挙げ、5年ぶりに初戦を突破した。

 初の聖地で「りんごっ子旋風」を巻き起こした。春夏通じて甲子園初出場で初勝利。一塁側アルプスでは「津軽から日本一」と書かれた黄色のタオルが揺れた。弘前学院聖愛の原田一範監督は「打つべき人が打ち、投げるべき人が投げた」と喜びをかみしめた。

 青森大会で甲子園常連校の八戸学院光星(前光星学院)と青森山田の2強を撃破。その強さは本物だ。主将で3番の一戸がバットで引っ張った。1―0の4回。先頭で内角高めの直球を、腕を畳んで振り抜くと、打球はバックスクリーン右へ。「夢舞台で打てて一生の思い出です」と笑った。6回にも1死三塁から左前適時打を放ち、2安打2打点の活躍。「青森県人だけで勝てて歴史に名が残った」と胸を張った。

 部員全38人は日本一のりんごの産地・弘前を中心とした津軽地方出身。原田監督は選手を「りんごっ子」と呼ぶ。りんご畑の収穫作業を手伝うなど日頃から地域に貢献し、甲子園には大量のりんごジュースが差し入れられた。4日の甲子園練習では練習内容を忘れるほど緊張した。その夜、選手はミーティングで「笑顔を忘れずにやろう」と声を掛け合った。この日チームバスの到着が約15分遅れて動揺したが、満員の4万5000大観衆を前に原田監督が「俺たちなのに何でこんなに観客がいるんだ?」と笑わせて緊張をほぐし、選手は笑顔でプレーした。

 暑さ対策も奏功した。甲子園に来る直前に室内温度50度のビニールハウス内で約30分間、素振りや投球練習などを実施。試合中の気温は35度を観測したが、最後まで集中力を切らさずにプレーし、失策はゼロ。一戸は「全然暑くなかった」と涼しい表情を浮かべた。

 35歳の原田監督は創部した01年から指揮を執り、13年目の悲願。2年前に他界した父・順一さん(享年61)から野球を教わり「親父がいなければこの道に進んでいない」と感謝した。2回戦では沖縄尚学と対戦。一戸は言う。「沖縄はシークワーサーですかね?りんごは負けません。目標は日本一です」。りんごっ子よ、けっぱれ。

 ▼弘前学院聖愛 1886年(明19)、来徳女学校として創立の私立校。50年に現校名となる。00年から男女共学。06年から中学も開校。普通科のみで生徒数は675人(女子454人)。主な卒業生は桜庭珠美(元女子バスケットボール)、中村ひとみ(女優)。野球部は01年4月創部。所在地は青森県弘前市原ケ平山元112の21。山上猛美校長。

 ≪初出場で初戦突破青森勢は45年ぶり≫青森勢は10年の八戸工大一から4年連続で初戦突破。青森から初出場校が出場するのは97年の光星学院(現八戸学院光星)以来だが、初出場で初戦突破は68年の三沢以来45年ぶりになる。これで青森勢は夏通算40勝目、春夏通算50勝目に到達した。

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