帯広大谷が全国一番乗り 創部17年目で悲願初切符

[ 2013年7月20日 06:00 ]

観戦に訪れた今秋ドラフト候補の兄・稔大と笑顔の帯広大谷・杉浦主将(右)

北北海道大会決勝 帯広大谷4―3旭川南

(7月19日 旭川スタルヒン)
 創部17年目で春夏通じて初の甲子園切符。97年の創部時から指揮を執る帯広大谷の網野元(はじめ)監督は「17年間…そうですね」と言葉を詰まらせた。

 勝ち越しの突破口を開いたのは、あと一歩で逃した09年の決勝戦を目の前で見ていた杉浦主将だ。3―3の8回、先頭で中越え二塁打。その後1死満塁となり、押し出し死球で決勝のホームを踏んだ。「絶対にチャンスは来ると思っていた。思い切り振ることだけを考えた」と頬を緩めた。

 4年前の準優勝。マウンドにいたのは杉浦の兄・稔大(としひろ=国学院大4年)で、今秋ドラフトの上位候補だ。降雨ノーゲームや延長再試合など1週間で6試合626球を投げたが、聖地には届かなかった。当時、アイスホッケーと野球の二刀流だった中学2年の弟はスタンドで応援。高校ではアイスホッケー一本に絞るつもりだったが、兄の熱投に刺激を受けて野球の道を選んだ。

 この日は兄が週1度の練習休みを利用して早朝便で東京から旭川に駆けつけた。「自分がやっているのを見て野球を選んでくれたのならうれしい。あそこで一本出るのは頑張ってきた証拠」と自分のことのように喜んだ。野球、そして聖地への道筋をつけてくれた兄の激励に、杉浦主将も「来てくれてうれしかった」と声を弾ませた。

 試合後、球場の外で握手を交わした。「おめでとう」。それ以上の言葉はいらなかった。「甲子園ではまず1勝」と杉浦主将。兄が果たせなかった夢を弟が果たした。次は初の聖地で歴史をつくる。

続きを表示

「稲村亜美」特集記事

「プロ野球 交流戦」特集記事

2013年7月20日のニュース