藤浪 “初代巨人キラー”背番「19」故西村氏長女が激励へ

[ 2013年7月9日 06:00 ]

藤浪は沖縄セルラースタジアムを黙々とランニング

 阪神草創期のエースで「初代巨人キラー」と呼ばれた故西村幸生氏の長女、津野田ジョイス幸子さん(75)が13日、甲子園球場を訪れ、父と同じ背番号「19」の藤浪を激励する。

 津野田さんは今年4月、阪神の大物ルーキーが19番を背負っていることを知った。「孫と同世代で親近感がわき、他人とは思えなくなりました。父の19番の後継者として誇りを持ってほしい」と、阪神球団に手紙を書き、藤浪との面会が決まった。藤浪は先発予定だった3日の巨人戦(甲子園)が雨天中止となり、まだ伝統の一戦での登板がない。津野田さんは「胸を張って堂々と巨人に立ち向かってほしい。現代の“巨人キラー”になってください」と、藤浪宛ての手紙とともに父の伝記本を手渡す予定だ。

 ◆西村 幸生(にしむら・ゆきお)1910年(明43)11月10日、三重県生まれ。山田中(現宇治山田)から愛知電鉄(現名鉄)、関大を経て37年に創設2年目の阪神に入団。37、38年と2年連続で巨人との年度優勝決定戦を制し日本一に導いた。「初代巨人キラー」と呼ばれ、同郷の沢村栄治と数々の名勝負を演じたが、3年で阪神を退団。45年にフィリピンで戦死。77年に野球殿堂入り。通算成績は112試合に登板し、55勝21敗、防御率2・01。

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2013年7月9日のニュース