DeNA 須田 本気になった初完封「ヤクルトに仕返ししたかった」

[ 2013年7月5日 06:00 ]

<D・ヤ>プロ初完封勝利の須田はガッツポーズ

セ・リーグ DeNA7-0ヤクルト

(7月4日 横浜)
 小手先の技術に走るかつての姿はなかった。9回2死。DeNA・須田は飯原に4球全て直球勝負を挑み、最後は143キロの外角高めで空振り三振。何度も右拳を突き上げた。

 「デニーさん(友利投手コーチ)から“低めに投げろ”と100回ぐらい言われたので目いっぱい投げ続けた」

 121球を投げ切り、散発3安打のプロ初完投完封勝利。先発では11年6月26日のヤクルト戦(神宮)以来、739日ぶりの白星を挙げた。早大時代は2学年下の斎藤(日本ハム)の陰に隠れたが、JFE東日本入りしてから素質が開花。10年にドラフト1位で入団した。だが2年間でわずかに2勝。教えられた変化球は簡単に覚える天才肌だが、投げ込みの際に手を抜く姿も見られた。欠けていたのは野球に向き合う姿勢だった。

 遥夫人と披露宴を挙げ、責任感が芽生えた昨オフ。相手を押し込む球威を求め、本格的にウエートトレーニングに取り組んだ。「直球が走るようになった」。多彩な変化球が生きたのも常時140キロを超える直球があればこそ。8回2死二、三塁のピンチもミレッジを内角の直球で二ゴロに仕留めた。

 投手として芽が出ず、球団内では一時、打者転向プランが浮上したこともある。だがこの日は、3回に投手強襲適時打を放ち、得意の打撃で自らを助けた。神宮では11年8月17日のヤクルト戦で、初回に8点の援護をもらいながら4回7失点KOされた。「ずっと心に残っていたし、ヤクルトに仕返ししたかった」と思いを明かした。

 負ければ最下位というチームの危機を救った。だが「きょうはきょうで終わり。あすから次の試合を考えます」ときっぱり。生まれ変わった姿を見せるのは、まだこれからだ。

 ◆須田 幸太(すだ・こうた)1986年(昭61)7月31日、茨城県生まれの26歳。土浦湖北では3年春のセンバツに出場。早大では斎藤(現日本ハム)とともに先発の柱を担い、4年春に最優秀防御率。JFE東日本ではエースとして活躍し、10年都市対抗で8強入りに貢献した。10年ドラフト1位で横浜(現DeNA)入団。1メートル75、78キロ。右投げ右打ち。

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