渡辺監督 “バニー”相馬氏弔い5連勝 栗山が惜別V打

[ 2013年6月3日 06:00 ]

<西・巨>西武の元捕手でファームディレクター補佐兼育成担当の相馬勝也氏が亡くなり、左腕に喪章をつけた渡辺監督(右端)ら西武ナイン

交流戦 西武5-1巨人

(6月2日 西武D)
 渡辺監督は西武ドームの天井に向かって、両手の人さし指を立てた。「勝ちましたよ」。試合後の勝利会見。普段は相手の顔を見て話をする指揮官が終始、上を向いていた。

 「天国から見てくれていたと思う。みんなそれぞれ気持ちが入っていたし、いいところを見せられたと思う」

 試合前、ファームディレクター補佐兼育成担当の相馬勝也氏の訃報が届いた。10年に胃がんを発症後、病と闘い50歳で息を引き取った生え抜きの先輩。30年来の付き合いのあった渡辺監督は、全選手を集め言った。「きょうは特別な日になる。勝とう」。08年に就任1年目で日本一に輝いた時、バッテリーコーチとして支えてくれたのが相馬氏。太い声で常にベンチで誰よりも声を出していた。だからこそ「元気に声を出していこう」と選手に訴え、左肩には喪章を着けて戦った。

 3回2死三塁から先制の右前打を放った栗山は言う。「狙い球とかよく分からない。走者を還す以外、あまり考えられなかった」。必死にボールを追うだけだった。7回に亀井の左中間への打球をダイビングキャッチ。1点を返された8回2死一、三塁では、阿部の左中間最深部への飛球もジャンプしてつかんだ。相次ぐ好守にも「何とか相馬さんの思いを受け継いで…。すみません」。涙いっぱいで言葉をつなぐことができなかった。

 2歳上の相馬氏を親しみを込めて「バニー」と呼び、互いのマンションで野球談議を戦わせたこともある渡辺監督の手には「2013・6・2 対巨人」と書かれたウイニングボールがあった。「あとは言葉を入れてね、御霊前にお供えしたい。本当に勝てて良かったよ」

 今季最多タイの5連勝。指揮官は4日、相馬氏の葬儀に参列し、勝利のボールとともに別れを告げる。

 ▼西武・十亀(3安打1失点で完投し5勝目)緩い変化球で強弱をつけられた。完投の球を(相馬さんの)棺に入れられたらなと思う。

 ▼ロッテ・伊東監督 西武時代に長くともに戦った仲間。調子が悪いと聞いていたので心配していた。若い頃はよく食事にも行った。ここ数年は会えていなかったので、こういう形になってしまって本当に残念です。今は心よりご冥福をお祈りしています。

 ▼ソフトバンク・秋山監督(83年、ともに米独立リーグ留学)いいやつだったよ。一度、大病をしたからね。元気になってぴんぴんしていたんだけどね。残念だ。若いのにな。

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