43歳斎藤 日本2768日ぶり白星、故郷で復帰

[ 2013年5月7日 06:00 ]

<楽・オ>ファンの声援に答える斎藤隆

プロ野球 パ・リーグ 楽天10-3オリックス

(5月6日 Kスタ宮城)
 楽天の斎藤は青春時代に汗を流したマウンドに向けて、走った。表情はこわばっていた。大歓声を浴びながらの投球練習。プロ22年目の43歳でも緊張していた。同点の8回。「ピッチャー、斎藤隆」のコールにKスタ宮城が沸いた。

 「特別なマウンドだった。途中で(遊撃を守っていた松井)稼頭央に“どうしても力が抜けない”と話したほどでした」

 簡単に2死を取りながら2四球などで満塁のピンチ。それでも伊藤を145キロの直球で右飛に抑えた。チームは直後の攻撃で7点を奪い8年ぶりの日本復帰登板でいきなり勝利投手。右ふくらはぎに不安を抱えるためスロー調整を容認されていたが、中継ぎ陣の不調により3日に緊急昇格。すぐに結果を出した。お立ち台で「ただいまです」と照れた右腕は、その後に報道陣から高校時代の話題を振られ「その話題には弱いです…」と目に涙を浮かべた。

 仙台市出身。ブルワーズ時代の11年に東日本大震災が起こった際は、故障もあり一時は引退も考えた。それでも日本から届く激励のメールや知人の言葉に勇気をもらい現役続行を決断。親しい友人、知人が現在も復興に向けて闘っており「軽々しく元気と勇気を届けたいと言えない」と話すが、復興のシンボルとなれるのは斎藤しかいない。津波の被害が大きかった宮城県気仙沼市から122人が招待された試合。魂を込めて23球を投じた。

 昨年末、東北福祉大時代の監督で02年に亡くなった伊藤義博さん(享年56)が眠る仙台市内の寺院を訪問。控えの内野手だった大学2年時に投手転向を勧めてくれた恩師に、地元に帰ってきたことを報告して「まだ現役でやります。見守っていてください」と伝えた。日本での勝利は実に2768日ぶり。語り尽くせない思い出がある地元で、今後もチームのために身を削る。

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