谷繁2000安打 ノリに続いた!史上初2日連続大台

[ 2013年5月7日 06:00 ]

<ヤ・中>6回無死 谷繁(左)は、通算2000本安打を放ち和田に花束を手渡される

プロ野球 セ・リーグ 中日3-7ヤクルト

(5月6日 神宮)
 中日の谷繁元信捕手(42)が6日、ヤクルト戦の6回に右前打を放ち、史上44人目の通算2000安打を達成した。42歳4カ月での到達はヤクルト・宮本慎也内野手が昨季マークした41歳5カ月の最年長記録を塗り替えた。捕手としては南海などで活躍した野村克也、ヤクルトの古田敦也に次いで3人目。5日にはDeNA・中村紀洋内野手(39)が2000安打を達成しており、2日連続での偉業は史上初となった。

 勝負師の顔が一瞬、パパの顔になった。スタンドで見守った愛息・朗(ろう)くん(9)に向けて、谷繁はガッツポーズ。4回1死満塁で左翼線2点二塁打を放ち、通算1999安打とし、次の打席で決めた。先頭の6回、押本のフォークを右前にはじき返した。

 「野村さん、古田さんしかいないのだから、よくやったなと思う。僕は常に7、8番。クリーンアップを打つわけじゃなかったので」。自らを「亀」と称する。史上最年長となる42歳4カ月、そして捕手3人目の偉業。一塁ベース上では同僚の和田、前年長記録保持者の宮本から花束を手渡され、照れ笑いを浮かべた。25年目の快挙までには3度の転機があった。

 4年目の92年オフ。出場機会が減り「クビになる」と感じた。「朝まで飲んでそのまま試合に出たりした。できるわけない」。ここから自らを見つめ直し、常に「捕手」を意識して行動するようになった。例えば目の前を歩く人がどちらに曲がるのか。首の動き、重心。注目すればヒントは必ずあるという。

 96年に大魔神の信頼を勝ち取った。93年ごろからスタメンが増えたが、佐々木の登板時は秋元と交代。「なんで僕では駄目なのか」と直談判すると「フォークのワンバウンドを捕るのが秋元の方がうまい」と一蹴。その言葉を胸に連日、何百球もワンバウンド捕球を繰り返し、夏場に認めてもらった。

 そして01年オフ、メジャー挑戦が実現せずFAで中日に移籍した。ところが、谷繁のリードを嫌がる投手が多く、落合監督にも「谷繁も競争」と突き放された。「打つ守るじゃなく、勝つための捕手。単純だけどキツイことを落合さんに教えられた」と振り返る。だから、この日も悔しがった。同点の6回、武内に決勝満塁弾を浴びると谷繁は首をひねった。自分の安打よりも、チームを勝利に導くためにマスクをかぶっているからだ。

 「野球を取ったら何もできない男。野球をとにかく続けたい。その気持ちだけでやってきた」。この日は朗くんの誕生日。開幕前日に父・一夫さんと先祖の墓参りで「パパがケガなく2000本打てるように」とお願いしてくれた愛息だ。将来は指導者としての期待もかかる。「今の夢は夏休みを過ごすこと。小2で野球を始めてから取ったことがない」。とはいっても、レギュラーの座を譲る気はない。捕手一筋でさらに安打と勝利を重ねていく。

 ▼野村克也氏 谷繁にはいつも「監督の試合数を目指して頑張ります」とあいさつされる。2000安打もおめでたいが、私の通算最多出場記録(3017)を超える気持ちで頑張ってくれているのが頼もしい。捕手というポジションはグラウンドにおける監督。先発で出場を続けている姿には共感を覚える。最近は、谷繁の活躍で私の記録が引き合いに出されることが多い。ありがたい限りだ。

 ◆谷繁 元信(たにしげ・もとのぶ)1970年(昭45)12月21日、広島県生まれの42歳。江の川では強打の捕手として注目を集め、3年夏の甲子園で8強。高校通算42本塁打。88年ドラフト1位で大洋(現DeNA)入団。1年目から主力として活躍、98年の日本一に貢献。01年オフにFAでメジャー挑戦表明したが、条件が合わず中日移籍。落合監督の下、04、06、10、11年と4度のリーグ優勝に導いた。今季は25年連続本塁打と、野村克也(西武)に並ぶプロ野球記録を達成。1メートル76、81キロ。右投げ右打ち。

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