南海が近鉄に勝った!パ初復刻ユニ対決、京セラDで実現

[ 2013年4月20日 06:00 ]

<オ・ソ>2回2死二塁、内川の左前適時打で生還した本多(手前)を迎えるソフトバンクベンチ

パ・リーグ ソフトバンク4-2オリックス

(4月19日 京セラD)
 そのDNAは健在だった。栄光のホークスが21世紀の京セラドームによみがえった。白地に緑色の「HAWKS」の文字が誇らしい。秋山監督は満足そうに笑った。「つながったな。捉えるボールをしっかり捉えていた」。鮮やかな先制攻撃だった。初回だ。

 1死二塁で内川が左前打で好機を広げた。一、三塁と金子を攻め立て松田が先制の中前打。続くラヘアも右中間に二塁打を運び、クリーンアップのバットが3点を生み出した。

 両チームが前身の南海、近鉄の1980年代のユニホームを着て戦う「OSAKA CLASSIC 2013」。大阪球場を本拠として戦った南海と、藤井寺を根城にした近鉄が21世紀の京セラドームで激突した。7回には両軍の応援歌が流れ、緑色の帽子をかぶったホークスファンからは「近鉄倒せ!」の声援が飛んだ。

 先制打の松田は「いい形でつないでくれたので打てて良かった。最低限の最低限」と振り返り、内川は南海のユニホームに「景色が違う。最初は違和感があった」と照れた。その内川は2回2死二塁で左前適時打を放つなど3安打1打点。幼少時には同じ大分県出身の南海の大先輩、吉田豊彦氏からTシャツをもらったことがあるという。現役時代は南海で活躍した藤本打撃コーチは「気分いいよね」とご機嫌だ。ソフトバンクが南海のユニホームを着て戦ったのは08年以来。6月6日の阪神戦(甲子園)こそ敗れたが、8月3、4日のオリックス戦(京セラドーム)は連勝。そしてパ・リーグ初の復刻ユニホーム対決で「近鉄」を圧倒した。

 大阪を離れ、福岡に移転したのは1989年。ダイエーからソフトバンクにチーム名は変わった。しかし、プロ野球に一つの時代を築いたホークスは生きている。

 1938年2月22日創設。杉浦忠が投げ、野村克也が守って打ち、門田博光が本塁打でファンを熱狂させた。脈々と受け継がれる伝統は、ソフトバンクのナインが担っていく。

 ▽OSAKA CLASSIC 2013 19日から京セラドームで行われるオリックス―ソフトバンク3連戦でのイベント。かつてはともに大阪に本拠地を置いたライバル球団。最後に対戦したのは、88年10月16日(藤井寺)で、近鉄が6―4で勝利した。復刻ユニホームは近鉄バファローズが78~96年のホーム用、南海ホークスが84~88年のホーム用。両球団が復刻ユニホームを着て対戦するのはパ・リーグ初。

 ◇最後の近鉄―南海戦 (88年10月16日 藤井寺)
南 海 000 001 003─4
近 鉄 050 000 10X─6
 (南)●加藤伸、吉田豊、矢野、橋本敬、村田―吉田博
 (近)○村田、S吉井―山下
 [本]山下8号(2)、ブライアント30号(2)(近)

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