松本哲 劇的ダイブ「タクさんみたいなプレーをしようと」

[ 2013年4月8日 06:00 ]

<巨・中>9回2死満塁松本哲がダイビングキャッチで試合終了

セ・リーグ 巨人8―6中日

(4月7日 東京D)
 ボールが中日・堂上直のバットに当たった瞬間、巨人・松本哲の1歩目が出た。そして、3歩目。ここで捕れると確信した。9回、2点差とされ、なおも2死満塁。誰もが中堅前へ落ちると思ったライナーに、頭から飛び込んだ。この勇気あるプレーが7連勝を呼んだ。

 「特別な試合というのもありましたし、タクさん(木村拓也氏)みたいなベストなプレーをしようと思っていた」。10年4月7日、くも膜下出血で木村拓也内野守備走塁コーチ(享年37)が他界した。その日の阪神戦(甲子園)でも左中間の飛球をダイビングでグラブに収めた。

 木村氏こそ、途中出場でも走攻守に全力で取り組んだ選手。松本哲も開幕から控えにいるが、木村氏の魂はしっかりと受け継がれている。「守備で少しでも貢献できて良かった。球際の強さを求めてやってきていますから」。ベンチからの指示は「定位置より少し前」。そこで松本哲は瞬時に意図を理解した。

 「二塁走者は還したくないという意味だと思った」。守護神の西村を6番手で送った時点で、残るベンチ入り投手は高木康と先発要員の沢村だけ。延長戦を避けるための守備だった。飛び込むかの判断は難しい。中日も野手16人を使い果たし、次打者は投手の田島。9回に守備固めで松本哲を起用した原監督も「非常に難しいシチュエーションで、よくチャージをかけてくれた」と称えた。

 「より低い姿勢で体を安定させ、目線をぶらさない。バットに当たる角度でコースを読む」。この日も試合前のノックで反復練習した。木村氏が亡くなってから3年。控えも含めた意識の高さが巨人の連勝を支えている。

 ▽木村拓也さんの命日 10年4月2日の広島戦(マツダ)の試合前、シートノック中にグラウンドで突然倒れ、広島市内の病院に緊急搬送。くも膜下出血と診断され入院したが、同7日午前3時22分に37歳の若さで死去した。同24日の広島戦(東京ドーム)は追悼試合として行われ、長男・恒希くんがパパのグラブで始球式を務めた。東京ドーム前に設置された追悼献花会場には1万1790人が献花をした。

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