オランダの頭脳ミューレン監督どんな人?ロッテ&ヤクルトでプレー

[ 2013年3月10日 06:00 ]

バレンティン(背中)と話すミューレン監督

WBC2次ラウンド1組 オランダ―日本

(3月10日 東京D)
 侍ジャパンと激突するオランダを率いるのは、94~96年にロッテ、ヤクルトでプレーしたヘンズリー・ミューレン監督(45)だ。韓国やキューバを下す番狂わせを演じた指揮官は、最近3年間で2度ワールドシリーズを制覇したジャイアンツの打撃コーチで、メジャーでも指導者として評価が高い。日本の元チームメートの証言を基に、その人物像に迫った。

 94年にロッテ入りし、初来日したミューレン監督。当初から他の助っ人外国人とは違っていた。

 証言(1) ロッテ・堀打撃コーチ「普通は通訳ベッタリな選手が多いが、合流初日から片言の日本語でコミュニケーションを取ろうとしていた」

 来日前から愛称は「バンバン」。米国のアニメ「フリントストーン」に登場する、こん棒を振り回す怪力の原始人の赤ん坊が由来という。人懐こさと、それとは裏腹のパワー(長打力)が共通する。94年は23本塁打。95年に移籍したヤクルトで、さらに花開いた。

 証言(2) ヤクルト・伊藤投手コーチ「頭のいいヤツ。当時から漢字を読んでいた」

 伊藤コーチはある日、巨人戦のメンバー表を見て「サンバン、シノヅカ、ヨバン、ハラ」と読み上げた姿に仰天した。勉強熱心ぶりは野球にも生きた。当初は穴が多かったが、野村元監督からID野球の手ほどきを受け、95年には自己最多の29本塁打。日本一にも貢献した。この日の練習後も、日本のスポーツ紙を手に宿舎に引き揚げるなど情報収集に余念がなかった。

 証言(3) ヤクルト・池山打撃コーチ「ユマキャンプで社長を紹介してくれた。日本で初めてオークリー社のサングラスを着けたのは俺だよ」

 オークリー社の日本法人設立は97年。池山コーチが「初」か否かの真偽は定かではないが、ミューレン監督の面倒見の良さを表している。ヤクルト退団後も米国、韓国などでプレーして現役を引退。豊富な経験を生かし、指導につなげている。

 ミューレン監督は「日本での3年間は野球人生で最高だった。監督として戻ってこられた」と感謝の気持ちを口にする。だが、今回は勝つことで恩返しする。

 ◆ヘンズリー・ミューレン 1967年6月23日、オランダ領キュラソー生まれの45歳。1985年にヤンキースと契約し、89年メジャーデビュー。94~96年に日本球界でプレーし、97年メジャー復帰。MLB通算は打率.220、15本塁打、53打点でNPB通算は打率.246、77本塁打、216打点。米独立リーグや韓国球界を経て、02年限りで現役引退。03年以降はマイナーリーグのコーチを歴任し、10年からジャイアンツの打撃コーチ。09年WBCではオランダ代表のコーチを務めていた。1メートル93、91キロ。右投げ右打ち。

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