浅尾「つらい1年」を振り返る モヤモヤが現実になった4・1の悪夢

[ 2012年12月18日 15:04 ]

4月1日の広島戦、8回2死一、二塁、広瀬のタイムリーで二走・中東(左)の生還を許しガックリの中日・浅尾

野球人 中日・浅尾拓也(上)

 盛夏のナゴヤ球場に精かんに日焼けした端正な顔立ちの右腕がいた。熱心に練習する姿はナゴヤドームでのそれと変わらないが、表情はどこかさえない。昨季のMVPを獲得した右腕が約4カ月にもわたるまさかの2軍生活。浅尾は今シーズンを「一言で言えばつらい1年だった」と振り返る。

 キャンプ、オープン戦を通じて調子が全く上がらず、もがき苦しんでいた。球団新の79試合にフル稼働した昨季の疲労を考慮し、例年よりも調整ペースを遅らせ、オフは体のケアに最大限気を配ったはずが…。「オープン戦で抑えても、なんで打たれないんだろうと思っていた」。モヤモヤした気持ちを抱えたまま突入した開幕直後、ある意味、今季の浅尾に致命傷を与えた出来事が起きた。

 開幕第3戦となった4月1日の広島戦(ナゴヤドーム)。この日の先発は、これが554日ぶりの1軍登板、勝てば球団記録の通算211勝に並ぶ山本昌だった。46歳の大ベテランは5回まで3安打無失点の力投。山井、小林正とつなぎ、2―0の8回に浅尾の出番がやってきた。先頭の東出を二ゴロに仕留めたが続く梵を歩かせる。栗原の左前打で一、二塁とされると、シーズン前の調整に納得できなかった右腕の心に不安が芽生えた。

 「相手打者には去年の自分のイメージがあるはず。それで今のボールを見たら“なんだ、球来てないじゃん”と思われるのじゃないかと」

 2死一、二塁、自信を持てないまま投げた真っすぐを松山に中前適時打されると、続く広瀬にも左前へ同点適時打。山本昌のメモリアル白星を消してしまった。さらに、この試合で先制打を放っていたのは、10年ぶりに古巣復帰した43歳の山崎。引退するまでの夢として掲げていた盟友・山本昌との「お立ち台競演」機会は浅尾の背信投球で水の泡と消えた。

 「あれは本当にきつかった。絶対、絶対に抑えないといけない試合だったんで。山本さんが優しい言葉をかけてくれたのも、あの時は逆につらかった。正直、しばらく誰の前にも出たくなかった」

 過酷なポジションを任されているが、繊細で誰よりも他人に気を使う性格。毎年、目標には自分の成績より「人の白星を消さない。人に黒星をつけない」ことを挙げる。傷心の右腕はその後も立ち直れず、4月22日の広島戦(マツダ)では、再び山本昌の勝ち星を消してしまう。5月14日についに2軍落ちを通告された。どん底に落ちたMVP腕にさらなる苦難が襲ったのは、それから間もない5月末のことだった。 

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