仁美さん 中畑監督へ開幕日に“ラブレター”「あなたは大器晩成型」

[ 2012年12月6日 06:55 ]

開幕に合わせて中畑監督に激励の手紙を書く仁美さん

 5日に亡くなったDeNA・中畑監督の妻・仁美さん。今年3月30日、ペナント開幕に合わせ、夫への激励の手紙を書き、スポニチに寄せた。

おとうちゃんへ

 いよいよですね。監督になって初めて迎える開幕。選手のときにはなかった心配もありますが、どんなふうに暴れてくれるか楽しみです。わくわくしています。

 長年の夢だった監督就任。最初に話をいただいたときは、東北の復興支援活動のこともあってお受けするかどうか迷っていましたが、DeNAさんとはご縁があったんですね。

 27日の必勝祈願。場所を聞いて鳥肌が立ちました。あなたのお父さん(辰雄さん)とお母さん(ナミ子さん)が出会った鶴岡八幡宮。70年近く前、福島県の矢吹町から団体で兵隊さんの無事帰還を祈願に来たお母さんを、案内役のお父さんが見初めたんですね。この出会いがなければ、中畑清はこの世に存在しなかったわけです。

 お父さんはあなたの現役時代、スランプに陥るたびに鶴岡八幡宮にお詣(まい)りしていました。すると必ずホームランを打ったりして…。そのお父さんがお母さんと一緒に眠っているのは横浜市戸塚区のお寺。58歳の監督就任は回り道をしたのではなく、これが天命だったという気がします。

 新球団の初代監督というのも、あなたにふさわしいですね。4年連続最下位。これ以上の下はありません。あとは上がっていくだけ。選手時代とダブります。

 駒大からドラフト3位で巨人に入団し、1年目の1976年は1試合も1軍出場がありませんでした。そのオフに結婚。最初に住んだのは調布市の京王線仙川駅近く、家賃6万円の「田園ハイム」というマンションでした。「調布で田園…。田園調布に住む気分だな」。翌77年に長男の淳が生まれ、乳母車を持ってエレベーターのない4階に上り下りするのは大変でした。

 3年間ファーム暮らしが続き、「かあちゃん、そろそろ福島に帰って牛の乳搾りでもしようか」「いいわよ」。そんな話をしていた78年オフ。レッズが来日した日米野球の第1戦でした。

 試合開始直前にあなたから電話がありました。「コンタクトレンズの替えがあったらすぐ持ってきてくれ」。顔を洗うときに片方のレンズを流してしまったんですよね。年俸240万円。お金もないのにタクシーで後楽園球場へ届けました。その試合でホームラン。これで1軍定着のきっかけをつかんだのです。

 あなたは大器晩成型。時間がかかっても言ったことは不思議と実行してくれます。どんな根拠があったのか2軍時代から「30までに家を建てる」と言って、本当に30歳になる前に今住んでいる家を建ててくれました。

 「てっぺん目指すぜ!!」

 今回もあなたの言葉を信じています。試練をいっぱい与えられ、それを乗り越えてきた人だから、きっとやってくれると思います。あなたのやりたいように存分に暴れてください。

 最後に…。あなたはユニホーム姿が一番かっこいい。いい顔してるよ。

 中畑 仁美

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