「弁当は自分で買うんだ」小久保氏 胸に響いた江川氏の言葉

[ 2012年11月29日 12:10 ]

解説者として新しい人生をスタートさせた小久保氏

野球人 ソフトバンク・小久保(下)

 番組の打ち上げの場で深く頭を下げた。今オフ、小久保は日本シリーズの解説などで連日、テレビ画面に登場した。その「事件」はNHKのスポーツ番組にゲスト出演した際に起きた。ドラフト指名された新人が気をつけることを聞かれ、自分のことだと思って答えてしまった。アナウンサーの機転で事なきを得たが、自責の念で押しつぶされそうだった。

 「自分の話だと思った。まだ、自分中心の主役気取りやったということ。ずっと中心で、ずっと主役。僕がいないと始まらん生活。自分の話しかしたことがなかった」

 和歌山・砂山少年野球クラブからエースだった。青学大時代は学生で唯一、バルセロナ五輪に選出されている。プロでは400号本塁打、通算2000安打を達成。歩く道はスポットライトに照らされていた。ただ野球解説者は「照らす側」の脇役。「批判するなら3、4倍、褒める材料を持ちたい。自分の言葉で主役であるグラウンドの彼らをどう引き立たせることができるのか」。失敗してしまった後、日本シリーズに呼ばれるたび、そればかり考えた。

 そんなある日、自分を呼び止める声に振り返った。視線の先にいたのは江川卓氏だった。東京ドームで出くわした野球解説者の大先輩に掛けられた何げない一言が胸に響いた。

 「ゲスト解説のうちはいいけど、解説者は弁当は自分で買うんだ」

 何度も反すうした。これまで時間になれば食事が用意されるのは当たり前だった。だが、今は電車の切符、航空券、ホテルの予約…。明かりを自らかざし、進まなければならない道と気づかされた。

 「人間、小久保裕紀を磨きたい」と当面は野球界から離れることも考えていた。未踏の富士登山や世界旅行など、やりたいことは山ほどあった。だが、選んだのは8度、手術した野球人生を伝える講演活動、野球解説者の仕事だった。

 「人間、求められるうちは応えなければいけない。そう思う。やりたかったことはあったけど、もう忘れたよ。これからは一人の人間・小久保裕紀で頑張りたい」

 求められることに応える。いきなり失敗した。だが、積み重ねで自分は成長すると確信できる。

 道は半ば。最近よく、知人に掛けられた言葉を引用する。「現役お疲れさま。ただ、まだ半分。これからの人生が大切だ」。未来は探求心をくすぐる。その新たな旅立ちは、希望に満ちている。

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2012年11月29日のニュース