ジョージア魂賞に吉川 救ってくれた恩は自身初の日本一で返す

[ 2012年10月23日 09:51 ]

進化を遂げる左腕が気迫の完封劇でチームに勢い与える

 勝利に最も貢献したプレーをした選手を表彰する「ジョージア魂賞」の今シーズン第12回(9月下期)受賞者は日本ハムの吉川に決まった。スポーツライターの二宮清純氏が書く、進化を遂げる左腕の姿とは。

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「ポンと背中を押されたら崖から転落して地の底に落ちるんじゃないか。そんな状況だったと思います」。吉川光夫がそう振り返って語ったのは、オールスター前のことだ。北海道は夏の盛り。プラタナスの葉が揺れていた。

 開幕前、日本ハムを優勝候補に推す関係者は少なかった。黙っていても2ケタの貯金をもたらしてくれる絶対的なエースがいなくなってしまったのだから無理もない。まさかダルビッシュ有(レンジャーズ)の抜けた穴を、3年間、勝ち星なしの吉川が埋めるなんて、誰が予想し得ただろう。

 冒頭のコメントにもあるように、昨秋、吉川は追い詰められていた。戦力外の3文字が脳裡をかすめる日々。いくら高校生ドラフト1巡目指名のエリートとはいっても、いっこうに本格化しないサウスポーを球団がいつまでも待ち続ける保証はどこにもない。

 球は速いが、ボールの行方はボールに聞いてくれというタイプ。ノーコンのレッテルをはがそうにも、その方法すら見つからなかった。

 救いの神は、突如として現れた。栗山英樹が監督に就任したのだ。悩める左腕に会うなり、彼はこう告げた。「来年ダメならユニホームを脱がせるからな」。事実上の最後通告である。「あの一言が大きかった」。吉川は語り、続けた。「監督から“納得するボールを投げろ”と言われてから、四球を出すことを恐れなくなった。しっかり腕を振った中での四球なら仕方ないと、自分でも割り切れるようになったんです」

 そのハイライトが9月14日、熾烈な優勝争いの中でのソフトバンクとの一戦だった。大隣憲司とのサウスポー対決は両者譲らず、0-0のまま8回へ。その裏、日本ハムが均衡を破り、吉川は虎の子の1点を守り切った。2安打完封勝ちでの13勝目。ダルビッシュが乗り移ったような魂の109球だった。

 日頃、吉川を褒めない栗山は「全然ダメ。まだ(ボールが)バットに当たる感じがする」と厳しかったが、考えてみれば、これ以上の褒め言葉はあるまい。

 吉川の戦いは、まだ終わっていない。目指すは自身初の日本一。「これで満足したら成長できない」。チームに返さなければならない借りは、そして監督に返さなければならない恩は、まだ山ほどある。

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2012年10月23日のニュース