CS使える!大田、待望の清原級一発 原監督「何度も夢に」

[ 2012年9月24日 06:00 ]

<巨・ヤ>8回1死、巨人・大田は左中間にプロ1号を放ちバットを放り投げる

セ・リーグ 巨人2-0ヤクルト

(9月23日 東京D)
 大田の初アーチでセ界完全制覇だ。巨人・大田泰示外野手(22)が23日、ヤクルト戦の8回、入団4年目でプロ初本塁打となる1号ソロを放った。松井秀喜外野手(38=前レイズ)の背番号55を継承した大型スラッガーがついに開花。55番の本塁打は松井が02年10月10日ヤクルト戦(東京ドーム)で50号を打って以来10年、3636日ぶりとなった。チームはヤクルト戦の今季勝ち越しを決定。セ・リーグ5球団全てに勝ち越しての完全優勝は、02年以来10年ぶりとなった。
【試合結果】

 ほれぼれする。東京ドームの天井に届きそうなほど高い放物線だった。だが、大田に打球の到達地点を見る余裕はなかった。一塁へ全力疾走。左中間席最上段に飛び込んだ。待望のプロ1号は140メートルの特大ソロだった。「(一塁ベースコーチの)大西さんが笑顔だったので入ったなと」。力強く右の拳を握った。

 「ファームでは経験したことのない球場の盛り上がり、歓声だった。鳥肌が立ちました。一生、忘れないと思った」

 8回だった。「1点差で1アウト。強引にいっちゃいけない」と臨んだ打席だったが、2ボールとなって意識を変えた。「高めにきた甘いところをしっかりと」。ストライクを取りにきた山本哲が外角高めに投じたスライダーを強振。投手心理を読み、予測した。前日も6回にファウルになったが、左翼ポール左、3階席上部の壁まで飛ばした。飛ばない統一球を打ったとは思えない打球を1日たって打ち直した。

 東海大相模の先輩でもある原監督は誰よりも喜んだ。愛弟子とのグータッチ。大田がベンチに座ると「打席の中での待ち方がよかった」と身ぶりつきで復習講座を開いた。「往年の清原があの辺に打った打球をよく覚えている。それに匹敵するくらいのね。何度も夢には見たが現実的に打ってくれたのは本人、チーム、私にとっても大きなホームラン」と言った。

 松井の背番号55を受け継ぎ、宿命を背負った。2軍暮らしが続きジャイアンツ球場で「55番が泣いているぞ」とヤジられたことは数知れず。その重圧を解き放ち「番号の重みはある。松井さんのようにはなれないけど、自分なりの長距離打者のスタイルをつくっていきたい」と胸を張った。

 精神面での成長もあった。今季初先発した1日DeNA戦(東京ドーム)でプロ初の猛打賞。その後に両親と食事をした。昨年5月18日楽天戦(Kスタ宮城)でプロ初安打初打点を挙げた時は両親への報告で喜びを抑えきれなかった。今回は「本当に落ち着いていた。一年の成長を感じた」と父・幹裕さん。4年目。一喜一憂しない姿があった。記念のホームランボール。大田は「ちゃんと親に送ります」とこの時だけは初々しく笑った。

 リーグ優勝を決め、今はCSへの準備段階。谷、高橋由に代わっての1軍昇格の意味は分かっている。「優勝したけど、僕にとっては大事な打席。集中してやっていきたい」。プロ1号にも浮かれるそぶりはなかった。

 ◆大田 泰示(おおた・たいし)1990年(平2)6月9日、広島県三次市生まれの22歳。城南中時代の野球教室で指導を受けた原監督に憧れ、原監督の母校である東海大相模に進学。1年秋から4番を務め、3年夏は県大会準優勝に終わったが、同大会新記録の5本塁打を放った。高校通算65本塁打。08年のドラフト1位で巨人に入団。通算成績は29試合で打率.231、1本塁打、8打点。1メートル88、90キロ。右投げ右打ち。

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