金本 涙の引退…阪神社長“引退勧告”に抵抗も最後は決断

[ 2012年9月13日 06:00 ]

引退会見で大粒の涙を流す阪神・金本

 アニキが泣いた――。阪神の金本知憲外野手(44)が12日、兵庫県西宮市内のホテルで記者会見し、今季限りでの現役引退を発表した。1492試合連続フルイニング出場の世界記録など、数々の金字塔を打ち立ててきた「鉄人」。しかし、近年は右肩痛に苦しみ、今月2日に球団に初めて進退を委ねられ、自ら身を引く決断を下した。古巣相手の29日の広島戦(甲子園)が引退試合となる見通しだ。

 鉄人が今季限りでバットを置くことを決断した。この日午前に球団に引退の意思を通達。午後1時すぎから球団事務所で南信男球団社長と会談し、了承を得た。午後4時から行われた記者会見。最初は笑顔を見せていた金本だが、家族について話が及ぶと感極まった。

 「子供には(引退を)言いました。大泣きしていました。でもいつかは辞める時が来るわけだからと。あとは母親に一番最初に伝えました」

 母にかけられた言葉を聞かれると「体のケアだけは…。それだけですね」。言葉にならない。さらにファンへの感謝の言葉へと続く。「落ちぶれてからはバッシングも多かったですが、それでも一生懸命応援に…」。上を向いて落ちないようにしていた涙があふれた。

 引退を考え始めた時期について、金本は「10日前ぐらいで、本当の決断はおととい(10日)」と明かした。10日前とは今月2日。3度の好機でことごとく凡退した広島戦(甲子園)の翌日のことだ。甲子園球場のクラブハウス内で南社長と話し合いの場を持った。

 南社長は「進退について考えてみたらどうか?」と金本に委ねたが、内容は事実上の「引退勧告」だった。会談以降の10日間、代打で4打数3安打の結果を残しながらも、自問自答する日々。そして、引退の決断を下した。

 10年、右肩の棘(きょく)上筋をほぼ断裂。このケガが致命傷となった。「この3年間はみじめというか、プロ入りして最初の3年と最後の3年はこんな苦しい人生があるのかと」。言葉に実感を込めた。

 実際は4人兄弟の末っ子だが「アニキ」と呼ばれ、ファンにも愛された。功労者に球団側は最後の花道を用意。29日の古巣・広島戦(甲子園)を引退試合とする予定だ。数々の記録に名を残した虎の背番号6が、ついにユニホームを脱ぐ。

 ◆金本 知憲(かねもと・ともあき)1968年(昭43)4月3日、広島県出身の44歳。広陵から東北福祉大を経て91年ドラフト4位で広島入団。00年には打率・315、30本塁打、30盗塁で史上7人目のトリプルスリーを達成。02年オフにFAで阪神移籍。03、05年のリーグ優勝に主力打者として貢献し、05年にはMVPを獲得。打点王1度、ベストナイン7度、オールスター出場11度。1メートル80、88キロ。右投げ左打ち。

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