中日・稲葉2軍コーチが急死 吉見、山内らを育成

[ 2012年8月12日 06:00 ]

中日時代の72年には20勝を挙げるなど活躍した稲葉氏

 中日は11日、稲葉光雄(いなば・みつお)2軍投手コーチがウエスタン・リーグ、広島戦(ナゴヤ)の試合中に体調不良を訴えて名古屋市内の病院に運ばれ、脳内出血のために同日午後8時39分に死去したと発表した。63歳。静岡県出身。葬儀・告別式の日程は未定。

 現役のコーチが試合中に倒れるというショッキングな事態。亡くなったのが1軍のDeNA戦(甲府)の試合中だったこともあり、高木監督は「突然のことだから何とも言えない」と声を絞り出すのがやっと。選手には試合前に関係者を通じて同コーチが病院に搬送されたことは伝えられており、佐藤良平球団代表は「試合中に運ばれた時には意識はあったと聞いていた」と沈痛な表情で話した。関係者によると、稲葉氏はもともと不整脈があって、今年初めには心臓のバイパス手術を受けていたという。

 稲葉氏は静岡・清水工高(現科学技術高)から社会人野球の日本軽金属を経て、70年のドラフト2位で中日入団。カーブを武器に72年には自己最多の20勝を挙げ、阪急に移籍した77年には最高勝率のタイトルも獲得している。その後、阪神でもプレーし、通算成績は331試合104勝80敗2セーブ、防御率3・44。84年の引退後は中日、日本ハムで投手コーチを務め、09年から2度目の中日投手コーチに就任。主に若手育成に力を注ぎ、吉見、山内、ネルソンらを育てた。

 現職のコーチだけに、後任人事について、佐藤代表は「名古屋に帰ってから話し合う」とした。

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