震災 水没…それでもはい上がった石巻工 被災地から64年ぶり夢舞台

[ 2012年1月27日 15:04 ]

21世紀枠で第84回選抜高校野球大会の出場が決まり、喜ぶ石巻工の選手たち

 震災から10カ月たった現在でもがれき撤去が進む石巻市内。その中で石巻工ナインの元気な声がグラウンドに響き、街を活気づける。21世紀枠候補を支えたのは、野球の絆。阿部翔人主将(2年)は「震災で皆の絆が深まった。野球のつながりは凄いと思った」と熱くか語った。

 石巻市は震災で4000人近い死者・行方不明者が出た。29人の部員の7割の自宅が津波で全半壊し、野球道具も失った。2トントラック300台分のグラウンドのヘドロを除去して全体練習を再開したのが、昨年4月22日。だが、9月の台風15号で学校近くの河川が氾濫し、再び水没。全国から善意で寄せられた野球道具も水に漬かり、ナインに「またか」の声が広がった。

 そんなどん底を支えたのが、全国からの支援の輪だった。連日500本以上の打ち込みを可能にした打撃マシンは、石巻工元監督で阿部主将の父・克彦さんが赴任する上沼(宮城県登米市)野球部が貸してくれた。9月には大産大、12月には上武大が、ボランティアで野球教室を開いてくれた。課題だった体重移動を教わり、140キロ近い直球の切れが増したエース三浦拓実(2年)は「野球をやれる環境に感謝しようと皆で話している」という。寒風厳しい1月に入ると、社会人野球の日本製紙石巻が室内練習場を使わせてくれた。「石巻のために」という気持ちは、ナインの間で自然と高まった。

 09、11年夏には県16強も、松本嘉次監督は「力はあったけど、勝ち方を知らなかった」。そんなチームが変わった。台風被害の4日後、秋の県大会準々決勝・東北工大高戦では阿部の決勝打で延長11回の死闘を制し、決勝の利府戦は4―11の8回に5連打で2点を返す粘りを見せた。東北大会は2回戦で優勝した光星学院(青森)に敗れたが、その戦いぶりで21世紀枠の候補に推薦された。

 石巻市からの甲子園出場は48年夏の石巻だけ。同市から64年ぶり夢舞台に立つことで、果たしたい思いがある。阿部主将は「グラウンドが支援してくださった方に恩返しができる場所」と言った。石巻工が被災地へ、全国へ力強いメッセージを発信する日を待ちわびている。

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