元ドラ1の中里 スコアラーに ケガに泣いた未完の大器

[ 2011年12月26日 08:38 ]

 将来を嘱望されていた巨人・中里は、度重なる故障の連続で11年のプロ人生に区切りをつけた。

 「自分が思っているよりも、周りの人のほうに“ケガがなければ”と、もどかしさを感じさせてしまった」

 春日部共栄から中日のドラフト1位として入団。ルーキーの01年9月16日の巨人戦(ナゴヤドーム)がデビュー戦。先発して5回3失点、勝敗は付かなかったが150キロを超える速球を武器に中日の次世代エース候補としての片りんを見せつけた。

 だが2年目の沖縄キャンプの02年2月20日。沖縄県読谷村の宿舎のらせん階段で、足を滑らせて右肩を亜脱臼した。「関節唇および関節包の損傷」で全治3カ月の重傷。医師の診断は「投手生命の致命傷になりかねない。完璧に戻すのは難しい」だった。

 必死のリハビリで05年に4年ぶりに1軍昇格。10月1日の広島戦でプロ初勝利を挙げた。06年は日本シリーズに登板したが、その後も左肘骨折など故障が続いた。09年オフに中日から戦力外通告を受けて巨人入り。昨年2試合に登板しただけだが「最後の5年くらいは大きなケガもなくやって結果を出せなかったので」と後悔することなく現役生活に別れを告げた。

 最後のユニホーム姿は埼玉県内での野球教室。今後はスコアラーとして球団に残る。「今後は選手のためにやっていかないと」。現在は自宅で試合のビデオを見てチャート表をつけるなど、第二の人生の準備にとりかかっている。

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