松井あ然…ヤンキース史上初の満弾3発!22得点

[ 2011年8月27日 06:00 ]

<ヤンキース・アスレチックス>5回、満塁弾のカノ(背中)を迎えるAロッド

ア・リーグ ヤンキース22―9アスレチックス

(8月25日 ニューヨーク)
 ゴジラも仰天…。ヤンキースが25日(日本時間26日)、アスレチックス戦で史上初の1試合3本の満塁本塁打を放った。1―7の劣勢から4回以降の5イニングで計21点を奪い、本拠地での球団史上タイ記録となる22得点で爆勝。一方、ア軍の22失点は55年以来、56年ぶりの屈辱だ。松井秀喜外野手(37)は6回に日米通算486本目の二塁打。立浪(中日)のプロ野球最多記録にあと1としたが、古巣打線の大爆発の前に存在感はかき消されてしまった。
【試合結果】

 開いた口がふさがらない。思わず松井も言葉を失った。「3本?(経験は)ないんじゃないかな。きょうは相手の攻撃が上回った。仕方ないですね…」。自ら「大好きな場所」というニューヨーク。ヤ軍時代の03年4月8日に放った、自身のメジャー1号も満塁弾だった。今や敵地となった場所で食らったグランドスラム3発。初回に自身の犠飛で挙げた先制点など、記憶のかなたに消えてしまったかのような大敗だ。

 1本目は2―7で迎えた5回1死だった。カノが右越えに22号満塁弾。6回にはマーティンが、右中間へ逆転の17号グランドスラムを叩き込んだ。8回、グランダーソンが36号で締めて史上初の快挙を達成。本拠地のスタンドからは「Yeah!」の大合唱が響き、実況アナウンサーも大興奮で「新たな歴史をつくった!」と絶叫した。

 過去には、両チーム合わせて1試合3本は2度あった。長い大リーグ史上初の偉業。グランダーソンは「歴代の強力打線でも成し得なかったんだ」と胸を張った。本拠地での22得点はベーブ・ルース、ルー・ゲーリッグらを擁した31年以来。ジョー・ジラルディ監督も「素晴らしい快挙」と満面の笑みだ。

 ヤ軍の「背番号55」が火付け役だった。7番・マーティンは6点を追う4回に反撃開始の16号ソロ。満塁弾を含め5安打6打点の活躍に「信じられない…。この先、ずっと破られない記録になるかも。歴史に加われて最高の気分」

 昨オフにドジャースから移籍。松井退団後は欠番になっていた55番を、ド軍時代と同じという理由で球団に無理を言って受け継いだ。今季は17本塁打、59打点。松井の後継者として恥じない成績で、ヤ軍ファンにも愛されている。

 「おそらく2度と見られないだろう――」。3安打した主将ジーターがそう振り返った歴史的一戦。豪快すぎる本塁打ショーは、ファンの記憶にも長く刻まれるに違いない。

 ≪日本は両チーム合わせて3本が1度≫日本のプロ野球でも、1試合で1チームによる満塁弾3本は過去に例がない。両チーム合わせて3本も1度だけ。96年5月25日の近鉄―オリックス戦(藤井寺)で、まず3回に内匠(近鉄)が右翼へ満塁弾。5―9の7回にはオリックスの1番打者だったイチロー(現マリナーズ)が、1死満塁から右翼へ同点となる一発を放った。その裏、中村紀(近鉄、現横浜)が左翼へ勝ち越しグランドスラム。イチローは9回にもソロを放つも、試合は13―10で近鉄が勝利。

 ◇記録アラカルト◇

 ★22得点 本拠地での球団タイ記録で、前回は31年7月26日のホワイトソックスとのダブルヘッダー第2戦。ビジター最多は36年5月24日アスレチックス戦(フィラデルフィア)の25。両軍で計31得点もヤ軍本拠地最多タイ記録となった。

 ★5打点以上3人 満塁弾を放った3人が5打点以上をマーク。最近では96年にレンジャーズ、エクスポズが記録。ヤ軍では初。

 ★4イニング連続4点以上 球団初。93年にフィリーズがロッキーズ戦の5~8回に記録して以来。

 ★ア軍22失点 1919年以降では今回で6度目。球団ワーストは55年4月23日のホワイトソックス戦の29失点。

 ▼アスレチックス、ボブ・メルビン監督代行(満塁弾3発を含む被安打21、14四死球の投手陣に)とても恥ずかしいことだし、屈辱だ。強力打線を相手に受け身に回れば、手の施しようがない。

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