日大三、圧倒V!史上4校目の全試合2桁安打で日本一

[ 2011年8月21日 06:00 ]

<日大三・光星学院>10年ぶり2度目の優勝を果たし歓喜の輪をつくる日大三ナイン

第93回全国高校野球選手権大会決勝 日大三11―0光星学院

(8月20日 甲子園)
 日大三(西東京)が、圧倒的猛打で東北勢として初優勝を狙った光星学院(青森)を11―0で下して、01年以来10年ぶり2度目の優勝を飾った。3回に高山俊外野手(3年)の3ランで先制すると、その後も13安打で得点を重ねて史上4校目の全試合2桁安打での優勝。4試合で2桁得点をマークしての優勝は、21年の和歌山中以来90年ぶりの猛打だった。投げてはエース吉永健太朗(3年)が5安打完封。投打がかみ合って、震災復興の支援大会と位置づけられた特別な夏で参加4014校の頂点に立った。
【試合結果 戦いの跡】

 熱戦の余韻が徐々に消えゆく閉会式後の甲子園。だが、まだ大事な行事が残っていた。ベンチ前。自然発生的に小倉全由(まさよし)監督の周りに集まったナインは、大好きな監督を3度、宙に放り上げた。

 「監督さんの胴上げをしたいとずっと思ってきました。小倉野球?このスコア通り。打って守って勝つというシンプルな野球。それを最後にやれてうれしいです」。終了直後は大泣きしていた畔上(あぜがみ)主将が、満面に笑みを浮かべた。

 0―0の3回。2死から死球と安打でつないで、高山がバックスクリーンに弾丸ライナーでぶち込んだ。「甘い球をフルスイングした」という先制3ランは、重苦しい雰囲気を振り払った。5回に1点、7回も鈴木の2ランなどで5点追加。光星学院の三塁・田村が「自分のところに来ないでほしい」と思ったほどの強烈な打球は次々と外野へ抜けていった。大会全6試合で2桁安打となる13安打で11点。最後までフルスイングを貫き通して、相手をねじ伏せた。

 史上4校目の全試合2桁安打、90年ぶり2度目の大会4試合2桁得点で優勝。猛打の源は97年に小倉監督が就任以来続く伝統の冬合宿にあった。年末の2週間。午前5時起床で午前中は短距離走中心のランニングメニューを行い、午後の打撃は日付が替わる寸前まで約2000回もバットを振る。「指が固まってバットが手から離れなくなることもある」と畔上。最終日、最後のメニューを終えたナインが泣きながら抱き合うほどの厳しい練習は「自分たちは日本一の練習をしてきた」という自負を生み、仲間との絆も深めた。

 選手とともに寮生活を送る小倉監督の指導は厳しい。その一方で選手は、時に和室8畳の監督室に招かれるとスイーツやフルーツを振る舞われる。監督室の冷蔵庫はプリンや果物でいっぱいだ。その指揮官が千葉の自宅に帰るのは月曜日だけ。家族と離れてまで、自分たちと一緒に暮らして指導に打ち込む監督を選手みんなが慕っている。復興支援と位置づけられた大会で、ナインは「被災地を勇気づけるような戦いをしよう」と臨んだ。どんなに点差が離れても、気を抜くプレーはなかった。そしてつかみ取った日本一の座。大好きな指揮官への最高のプレゼントとなった。

 小倉監督は「自分の理想は10―0で勝つ野球」と話す。甲子園決勝という大舞台。まさに理想の展開で全国の頂点に立った。指揮官を慕う選手、選手を信頼する指揮官。小倉野球の結実を満天下に知らしめた。

 ▼日大三・谷口(4打数無安打も左翼の守備で貢献)みんな野球以外でも仲が良くて、それが野球にもつながった。

 ▼日大三・菅沼(6番・二塁で今大会2本塁打を含む打率・435)監督さんの野球を見せられた。畔上主将がチームをまとめて態度で引っ張ってくれた。

 ▼日大三・金子(レギュラー唯一の2年生で2安打)2番打者の役割は果たせた。達成感はあるけど秋の大会のことを考えてしまった。今以上のチームをつくっていきたい。

 ≪つなぐ意識が集中打に≫主砲・原島らを擁して「強打の日大三」を印象づけた10年前、01年初優勝時の90安打で7本塁打はいずれも今年よりも多かった。チーム打率.427も当時の大会記録を塗り替えた(現在は04年・駒大苫小牧の.448)。一方、6試合で計50点だった得点は、今回81安打で61得点を挙げた。小倉監督は今年のチームについて「打線にしつこさとまとまりがあった」と分析する。力のある各打者が自分で決めるのではなく、後ろにつなぐ意識を持った結果が今大会で何度も見せた集中打につながったといえる。

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