ON、V9そして江川問題 巨人の名物オーナー正力亨氏が死去

[ 2011年8月16日 06:00 ]

1981年、リーグ優勝を決め正力亨氏(中央)を中心に万歳する巨人ナインら

プロ野球読売巨人軍の名誉オーナー、正力亨(しょうりき・とおる)氏が、15日午前5時5分、敗血症のため東京都港区の北里研究所病院で死去した。92歳。正力氏は巨人を創設した故正力松太郎氏の長男で、V9に輝くなど全盛時を迎えた巨人のオーナーを1964年から32年間務めるなど球団、球界の発展に尽力した。葬儀・告別式は近親者のみで行い、後日お別れの会を開く。

  

 巨人の歴史を知り尽くした人物が、また一人この世を去った。正力氏は球団創設者で「巨人軍は常に紳士たれ」の遺訓を残した父・松太郎氏の長男。慶大卒業後、王子製紙に入社したが、開戦後は海軍で兵役を務めた。1960年に読売新聞社取締役に就任すると、64年5月に巨人オーナーに就任。「大正力」と呼ばれた父に対して「小正力」とも呼ばれ、父の遺志を受け継いで96年までの32年間にわたってオーナー職を務めた。

 在任中は大リーグ、ドジャースの故ウォルター・オマリー会長の球団経営法を学んで、フロント部門を強化。長嶋茂雄、王貞治のONコンビを中心とした最強チームをつくって全盛時を迎え、オーナー就任翌年の65年からは前人未到のV9を成し遂げた。

 巨人を愛し、強くするためならどんな手段も選ばなかった。78年11月の江川問題ではドラフト会議を翌日に控えた11月21日、緊急記者会見を開いて「本日、読売巨人軍は江川卓君と契約いたしました」と発表。ドラフト反対論者でもあったが、プロ野球界のルールを無視した世にいう「空白の1日」で世間を大きく騒がせた。

 その一方で、寵(ちょう)愛した王監督が87年、就任4年目で初のリーグ優勝を果たした際は、周囲が驚くほど大喜びするなど巨人というチームを愛し続けた。V9から始まって長嶋、王の現役引退。長嶋監督の解任騒動に、桑田のドラフト指名。そして88年に日本初の屋内球場となった東京ドームの開場にも尽力するなど、正力オーナーの歴史は巨人の歴史そのものでもあった。

 96年12月に渡辺恒雄氏(現球団会長)にオーナー職を譲り、名誉オーナーに就任。その後も東京ドームの試合にはほとんど出向き、VIPルームから愛するチームを応援し続けた。

 巨人の球団史に刻まれた出来事に関わってきた名物オーナー。92歳の大往生だった。

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