由規 鎮魂の25球…津波で他界した斎藤泉さんとの思い出の地で

[ 2011年7月25日 06:00 ]

<全パ・全セ>初回1死、由規が山崎を空振り三振に斬る

オールスターゲーム2011第3戦 全セ0―5全パ

(7月24日 Kスタ宮城)
 <全セ>生まれてから、これほど緊張したことはない。仙台市出身でファン投票1位で選出されたヤクルト・由規が大声援の中、マウンドに立った。由規にとっては地元での球宴初登板、そして左脇腹筋膜炎からの復帰登板。1軍登板は6月9日オリックス戦(京セラドーム)が最後とあり、21歳右腕をプレッシャーが襲った。

 「今まであんなに緊張したことはないっス。マウンドに上がったら何も聞こえなくなってしまって…」

 初回に稲葉にいきなり2ランを浴びた。思わず苦笑いしたが、これで逆に自分を取り戻した。続く山崎をこの日最速155キロで空振り三振に斬り、2回無死一塁では同学年の中田と対戦した。23日に唐川を含めた07年高校生ドラフト「ビッグ3」で食事に出かけた際、中田が「何が何でも振りにいく」と宣戦布告。由規は「真っすぐでいく」と応じた通り、オール直球で攻めた。155キロを2球交えて、最後は151キロで投ゴロ併殺。公式戦初対決となった6月3日(神宮)に中前打と3四死球で終わった雪辱を果たした。

 由規と仙台育英時代にバッテリーを組んだ斎藤泉さんが津波にのみこまれ他界。その父・匡さん(64)は観客席で「こういう試合を見せてもらって…。みんな暗いものからはい上がろうとしている。私もそう。一挙手一投足を目に焼き付けたい」と話した。自分が頑張ることで何かを感じてくれる人がいる。由規は「とにかく仙台でできて良かった。仙台で投げられて良かった」。鎮魂の全25球。うち20球が150キロを超えた。

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