“代役”上本、決勝打!テコ入れ打線で連敗ストップ

[ 2011年5月16日 06:00 ]

<神・中>5回2死二塁、上本は左翼線に適時二塁打を放つ

セ・リーグ 阪神3-1中日

(5月15日 甲子園)
 甲子園の大観衆は、主役が誰か分かっていた。阪神勝利の後にお立ち台が用意されると、自然発生的に起こった上本コール。ベンチから勢いよく飛び出す背番号4の姿を確認すると、虎党は「ほら、みろ」と言わんばかりにメガホンを叩いて祝福した。5回に決勝二塁打。文句なしのヒーロー選出だ。

 初回、同一カード3連敗を阻止したい猛虎を悲劇が襲った。鳥谷が和田の打球を処理した際に人さし指を突いて流血。立ちこめる不穏なムード…。直後の代打から上本が緊急出場した。左肩故障の大和に代わって13日に今季1軍初昇格し、3日目に訪れた今季初出場のチャンスだった。

 「ああいう形での出場だったけど、しっかり準備はしていたつもりだったので大丈夫でした。言い訳はできないので」

 1死一塁から犠打を決め、そのまま遊撃に入った。4回は無死一塁から一ゴロで走者を進めて同点につなげた。ハイライトは5回だ。2死から俊介が右前打と盗塁で二塁へ。この勝ち越し機で、甘く入ったフォークを引っぱたいた。「何を打ったか分かりません」。無我夢中で放った打球は三塁線を破り、俊介はゆうゆうと生還した。

 開幕前、寮の自室で財布の中に四つ折りにしてしまっている紙を取り出した。恩人の息子が描いてくれた似顔絵だ。早大2年時、東京都内のラーメン店で会社経営の大崎員矢さんに突然話しかけられて意気投合。以来、わが子のようにかわいがられ、2人の息子、修平君と純平君とも知り合った。故郷の広島から不安を胸に単身で上京した上本は、第2の家族の温かさに何度も救われた。

 「自分が活躍して少しでも恩返しになれば」

 阪神から指名され、関東から離れる日も家族で東京駅まで見送りにきてくれた。号泣する姿を見て、もらい泣きしそうになったがそこはこらえた。プロへの第一歩を踏み出す時に涙を流すわけにはいかなかった。1軍入りがならなかった3年目の開幕。上本に下を向いている暇はなかった。

 8回にも左中間へ二塁打。守備でも普段の二塁とは違うポジションをミスなく守りきった。最後は代打・堂上剛の三塁後方の飛球をつかみ、ウイニングボールを手に勝利のハイタッチに加わった。「浮かれないようにしたい。先は長いし切り替えたい」。鳥谷不在の遊撃を守る日々は、しばらく続く。上本の2011年シーズンが始まった。

 ◆上本 博紀(うえもと・ひろき)1986年(昭61)7月4日生まれ。広島県出身の24歳。広陵―早大を経て08年ドラフト3位で阪神入団。2年目の昨季7月8日のヤクルト戦でプロ初出場を果たすと、翌9日の横浜戦で8回に代走で出場。二盗に敵失が絡んで一気に決勝点となるホームを踏み、お立ち台に上がった。今季は5月13日、左肩負傷の大和に代わって1軍へ。1メートル73、63キロ。右投げ右打ち。

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