552日ぶり登板も…岩田、復活白星はお預け

[ 2011年4月15日 06:00 ]

<神・広>初回、先制2ランを許した岩田(右)は、城島に声をかけられる

セ・リーグ 阪神1-3広島

(4月14日 甲子園)
 3年ぶりの開幕3連勝はならなかった。だが、阪神には頼れる背番号21が帰ってきた。岩田稔投手(27)が広島戦(甲子園)で09年10月9日のヤクルト戦(神宮)以来、実に552日ぶりの1軍公式戦のマウンドに上がった。初回に広瀬の2ランで先制を許したが、その後は立ち直り7回3失点。左肘手術で昨季を棒に振った左腕が、黒星こそ喫したものの上々の内容で完全復活を印象づけた。

 ゆっくりと歩を進めると、岩田は深く一礼してマウンドに上がった。やっとここに帰ってきた-。552日ぶりとなる1軍公式戦での登板。待ち焦がれた舞台は、虎の聖地・甲子園の大歓声がエスコートしてくれた。

 「緊張はありましたね。低めに集めることを心がけました」

 船出は厳しいものとなった。初回、先頭の梵の打球は打ち取った当たりだったが野手の間にポトリ。不運な右前打で出塁を許すと1死二塁から広瀬には3球目のスライダーを左翼席に運ばれた。わずか6球で瞬く間に2点を失った。

 不運も重なる展開で一気に崩れてもおかしくなかったが、岩田の意地と実力を見たのはここからだ。2回からの3イニングは打者9人で料理。最速146キロの直球に変化球を織り交ぜて、試合の主導権を渡さなかった。

 5つの「0」を並べ、岩本の左越え適時三塁打で3点目を失ったのは7回。打線の援護にも恵まれなかった。「試合感覚という意味では、あとにつながる投球ができたと思う。連勝を止めてしまったので申し訳ない。次には必ず修正したい」。悔しさと手応えがにじんだ72球だった。

 苦しみ抜いた1年があったから今がある。昨春キャンプ中に左肘に違和感を覚え、3月23日に手術に踏み切った。ギプスを装着しボールも満足に握れない苦しいリハビリ。昨季中の1軍復帰を目指していたが現実は厳しかった。あらためて担当の権田トレーナーと目標を立てた。「11年シーズンを先発として1年間投げきる」。この日を目指して二人三脚で地道なリハビリを続けてきた。

 だから最後に言っておきたかった。4月上旬、甲子園球場のトレーナー室であらためて感謝を伝えた。「本当に権田さんにはお世話になりました。(1軍で)頑張ってきます」。短い言葉でも受け取る者には決意が伝わった。「男と男ですから多くを語らなくてもね。時間を取って完治を目指してきた。彼なりの投球ができるよう僕は鳴尾浜で応援するだけですから」。2人にとって約束のマウンドでもあった。

 557日ぶりの白星とはならなかったが、限りなく完全復活に近い快投はチームにとっても大きな収穫だ。真弓監督も「内容は申し分ない。次に期待できる内容だった」と目を細めた。今年こそ必ず完全燃焼してみせる。岩田の2011年が幕を開けた。

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