リーチ「制限選手」公示 協約史上初の適用

[ 2011年4月2日 06:00 ]

制限選手として公示されたリーチ

 日本プロ野球組織(NPB)の加藤良三コミッショナー(69)は1日、横浜の新外国人、ブレント・リーチ投手(28)を制限選手として公示した。東日本大震災後に帰国して再来日を果たさない同投手に対し、横浜が野球活動を休止したとみなして申請。大リーグ機構(MLB)の協約に倣って98年に制限選手の条項(第60条)が野球協約に設けられて以来、初めての適用となった。

 リーチは震災後の3月17日に他の4外国人選手と米国へ一時帰国。ミシシッピ州にある母校・デルタ州立大で練習を続けていたが、震災に大きなショックを受けた上に福島原発事故も重なって夫人が強く再来日を拒んだという。予定の同23日を過ぎても再来日せず、横浜の河本明取締役は「選択肢は解雇、任意引退、制限選手の3つしかなかった。本人は(日本に)帰りたい意思があるけど、家族や奥さんの反対もある。きのう(3月31日)、本人から電話で“日本では今は無理”という意思表示があった」と説明した。

 制限選手は所属球団に保留権を残したまま参稼報酬、移籍などを制限する制度。96年オフにFA権のないロッテ・伊良部秀輝がメジャー移籍した問題などを機にNPBとMLBが交渉し、98年に日米選手契約協定(同協定(5)に掲載)とともに新設された。韓国、台湾、中国との協定にも共通の条項があり、他国のリーグには移籍できない。メジャーでの適用例は多く、07年8月に現役引退したパイレーツ・桑田真澄も当時は制限選手扱いだった。開幕ローテーション入り確実だった左腕だけに、横浜は復帰の道を残した措置を選択。年俸減額の適用日について河本取締役は「検討する」とし、横浜はただひたすら新助っ人の再来日を待つ。

 ▼横浜・佐藤貞二常務 退路を断ったわけではないし、状況観察を踏まえたもの。日本人的なやり方かと思う。戦力であることに変わりはない。話し合うスタンスもある。

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