ナイター、行進、鳴り物なしでセンバツ開催決定

[ 2011年3月19日 06:00 ]

センバツ開催へ向け、準備が進む甲子園球場

 東日本大震災を受けて、第83回選抜高校野球大会(日本高校野球連盟、毎日新聞社主催)の開催可否を協議する臨時運営委員会が18日、大阪市内で開かれ、当初の予定通り23日から12日間、兵庫県西宮市の甲子園球場で開催することを全会一致で決めた。ナイター試合の回避に向け試合時間を繰り上げるなど被災地へ最大限の配慮をすると同時に、大会スローガンを「がんばろう!日本」に制定し、球児によって勇気と感動を届ける。

 何度も協議を重ねた末の結論だった。午後4時半から被災地への哀悼の意を表し、黙とうで始まった臨時運営委員会で導き出された最終回答は「開催」だった。

 日本高野連・奥島孝康会長(71)は「今大会のスローガンは“がんばろう、日本”である。高校球児の真剣なプレーが、大震災に打ちひしがれた日本中の人々に一筋の光明になるのではないか。いつの時代も希望は若者たち」と開催に至った理由を説明した。11日に発生した東日本大震災。日本高野連と毎日新聞社で13日に開いた臨時運営委員会では、今後の被害状況、それに伴う国民感情を踏まえて18日に再協議することで結論を保留していた。関係者によると、開催可否は「五分五分だった」という。

 阪神大震災の時は震災から2カ月後の開幕。今回は地震が起きてからわずか1週間後に開催可否の決断を迫られ、賛否両論ある中での開催。延期や夏との合同開催の提案もあった中で、大会会長の朝比奈豊・毎日新聞社社長(63)は「宮城の東北高校は満足に練習ができない中で避難所の給水活動を続け、甲子園で野球ができることを心待ちにしているという報告に強く胸を打たれた」と明かした。他にも光星学院(青森)、水城(茨城)など被災地にある出場校が参加に強い意向を示したことが大きな後押しとなり、最終的に全員が球児の夢の実現に賛同した。

 くしくもこの日、プロ野球界は文科省から厳しい電力供給事情を踏まえての要請を受けた。計画停電が行われている東京電力・東北電力管内以外の地域での試合開催を求められ、さらに同管内でのナイター試合の自粛を要請された。その中、今センバツでは被災地に最大限に考慮する。試合開始時間を繰り上げ、さらにスピーディーな試合進行に努め、ナイターでの試合を極力回避することで節電に努める。また、入場料収入の一部を義援金として被災地に送ることや、球場内での募金活動を実施。入場行進を取りやめることで開会式を簡素化し、アルプス席の鳴り物での応援はすべて禁止するなど、被災者感情にも考慮する。

 思い返せば、センバツは前年9月に起こった関東大震災の傷痕が残る1924年(大13)4月1日に、第1回大会が開幕。95年1月の阪神大震災直後に開催された第67回大会は、復興のシンボルとして多くの被災者を勇気づけた。高校球児にしか発することができないメッセージがある。大会は23日、プレーボール。球児の懸命な姿が「復興のともしび」となり、被災地の人々へ感動と勇気を届ける。

 ◇センバツ開催要旨◇

 選抜高校野球大会の臨時運営委員会が発表した開催要旨は次の通り。
 一、入場行進を取りやめるなど開会式を30分程度に簡素化し、第1日の試合開始時間を当初より20分繰り上げる。
 一、試合間インターバルを短縮しナイター試合(照明点灯試合)を極力なくすことを目標にする。
 一、アルプススタンドの応援を自粛し、鳴り物は全て禁止する。
 一、入場料収入の一部を義援金として東日本大震災の被災地へ送る。
 一、大会中に球場内の客席計5カ所で被災者支援の募金活動を行う。
 一、被災を理由とした前売り入場券の払い戻しに例外的に応じる。
 一、東北高の欠席で15日に見送られていた選手宣誓役の抽選を、日本高野連・奥島孝康会長が行い、創志学園(岡山)の野山慎介主将と決まった。 

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