通算221勝、皆川氏殿堂入りにノムさんも涙

[ 2011年1月15日 06:00 ]

会見で(左から)故皆川睦雄氏の写真パネルを抱く野村克也氏、皆川氏夫人・真智子さん、中日・落合監督

野球殿堂・エキスパート部門

 亡き夫の、亡き友の栄誉に涙がこぼれた。南海一筋に現役18年。皆川氏の残した通算221勝の足跡がよみがえる。真智子夫人(73)は声を震わせてあいさつした。

 「生前、主人が話しておりました。221勝のほとんどを野村さんが助けてくれたと。その野村さんも来られて…」

 視線の先には元楽天監督の野村克也氏(75)。皆川氏と同期の54年入団でバッテリーを組んだ。球友を思う野村氏の目にも熱いものが光る。思い出満載の祝辞。「2軍で一緒に2年半、同じ時期に1軍に上がった。遠征先で枕を並べ、捕手の苦労を話した。それで生まれたのがカットボール。(球界で)最初に投げたのが彼なんです」

 右の下手投げから得意のシュートをより生かそうと、左打者の内角に小さく食い込むスライダーを2人で練習。今はカットボールと呼ばれるその新球を、オープン戦で巨人・王貞治相手に試して二塁への小フライに打ち取った。「今の自分があるのはノムやんがいるからだ」。その言葉が今でも心に残るという。

 山形県人では初の野球殿堂入り。辛抱と冷静さという東北人気質、そして生涯一捕手が往年の名投手を支えた。東北弁を恥ずかしがって無口だった皆川氏。2月6日が命日。七回忌に殿堂入りの朗報が届けられる。

 ◆皆川 睦雄(みながわ・むつお)1935年(昭10)7月3日、山形県生まれ。54年に南海入団。右下手投げのサブマリン投法で62、66年に最高勝率投手。68年には31勝10敗、防御率1・61で最多勝投手と最優秀防御率を獲得するなど最後の30勝投手に。野村克也(元楽天監督)と同期入団で、ともに南海の黄金期を支えた。71年現役引退。阪神、巨人、近鉄のコーチを務め、晩年は少年野球の指導にも尽力した。05年2月6日に敗血症のため69歳で逝去。

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