東尾氏 恩師・江藤氏とともに殿堂入り

[ 2010年1月13日 06:00 ]

太平洋で選手と監督の関係だった故・江藤慎一氏の写真と並ぶ東尾修氏

 野球殿堂入りを決める野球体育博物館の表彰委員会は12日、競技者表彰として元西武監督の東尾修氏(59=スポニチ本紙評論家)、元太平洋(現西武)監督の故江藤慎一氏(享年70)、特別表彰で立大、熊谷組とアマ一筋で活躍し、日本社会人野球協会(現日本野球連盟)理事を務めた故古田昌幸氏(享年65)の殿堂入りを発表した。殿堂入りは計171人。表彰式は東尾、江藤両氏が7月23日の球宴第1戦(ヤフードーム)、古田氏が8月27日の都市対抗開会式で行われる。

 資格最終年の殿堂入りにはうれしい縁もついていた。エキスパート部門で殿堂に入った江藤氏は、23勝を挙げて初めて最多勝に輝いた75年、「山賊野球」と呼ばれた太平洋の監督だった。

 「後ろポケットにバットを突っ込んで歩いていた姿を思い出します。独特な雰囲気を持った監督さんでした」

 西鉄入団1年目の10月に発覚した「黒い霧事件」。エース池永正明ら先発ローテーション投手がごっそりいなくなった。野手転向をあきらめての投手続行。入団から4年間連続で負け越した。

 たいしたスピードはない。「気持ちとコントロール」をよりどころにした右腕は屈辱の中からはい上がり、右打者のインコースから中に入れるスライダー、通称インスラという最大の武器を得て勝てる投手になった。

 西鉄、太平洋、クラウンとチーム名が変わった福岡から所沢に来て西武で6度のリーグ優勝、5度の日本一。プロ野球記録の通算最多与死球165も常にぎりぎりの勝負を挑んだ結果だ。

 今回はプレーヤー部門での殿堂入りだが、叩き上げの野球人生は後進の指導にも生かされている。現役時代は兄貴分として西武の工藤、渡辺監督にアドバイスを送り、監督としては松井稼(アストロズ)松坂(レッドソックス)と2人の大リーガーを育て上げた。

 「こんなところに入れていただいて…」。先人たちのレリーフが並ぶ野球体育博物館を訪れるのはこれが初めて。「自分自身の反省も含めて、この重みを現役の選手に伝えていきたい」。やんちゃなエースも5月18日に還暦を迎える。

 ◆東尾 修氏(ひがしお・おさむ)1950年(昭25)5月18日、和歌山県生まれの59歳。69年に和歌山・箕島からドラフト1位で西鉄(現西武)入り。2年目に11勝して中心投手に成長、75年に23勝で最多勝獲得。83、87年にパ・リーグ最優秀選手に輝くなど西武の黄金期を築いた。88年に現役引退。通算成績は251勝247敗23セーブ。95年に西武監督就任。97年からリーグ2連覇を飾った。

続きを表示

「第91回(2019年)選抜高等学校野球大会」特集記事

「稲村亜美」特集記事

2010年1月13日のニュース