あれから6年…若生監督 木内監督に雪辱

[ 2009年8月9日 06:00 ]

<九州国際大付・常総学院>バッテリーを笑顔で出迎える九州国際大付・若生監督(中央)

 【九州国際大付8-4常総学院】ついつい本音が出た。6年ぶりに実現した常総学院・木内監督との“名将対決”に逆転勝ち。九州国際大付の若生監督は「木内さんは今までいい思いばっかりしてきた。人間は平等でしょ。僕にもいい思いさせてよ」と笑顔で話した。

 指揮官の雷が落ちたのは3回だ。バントで内野を揺さぶる“木内マジック”にはまり4点リードを許した直後だ。開会式直後の第1試合。福岡大会で1度もリードを許したことがなく、浮足立っていた選手たちを「早く自分たちの野球をしろ!」とダミ声で一喝。これで強力打線が目覚めた。

 この回に国枝の中前適時打で2点を返すと、4回は三好の左中間2点三塁打で同点とし、続く小林の左中間適時二塁打など打者11人の猛攻で5点を奪った。3安打2打点の三好は「監督さんから“変化球を狙え”と言われてスライダーを打った」と胸を張る。福岡大会は3打数無安打ながら、打撃好調を買われて9番でスタメンに抜てきされた。百戦錬磨の指揮官の勝負勘が逆転を呼んだ。

 宮城・東北を率いた03年夏はダルビッシュ(日本ハム)を擁しながら決勝で木内監督率いる常総学院に敗れた。あと一歩で届かなかった大旗をつかみたいと、05年に同校監督に就任。神奈川、大阪など全国から有望な中学生を集め、優勝を狙えるチームを完成させた。

 06年には「胸椎(つい)黄色じん帯骨化症」という難病にかかり手術を受け、引退の2文字が頭をよぎったこともあった。歩行困難のため片時もつえが離せず、試合後も椅子に腰掛けながら記者の質問に答えた。それでも闘志は衰えていない。「あと5試合やるよ。決勝まで行くつもりでやるから」。その目は気力で満ちていた。

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