パラ・アスリートの軌跡 ~障がい者スポーツ~

岩淵幸洋 この素晴らしき世界を リオで勝って伝えたい

[ 2016年4月8日 05:30 ]

早大の大隈講堂を背にポーズを決める岩淵
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 世界選手権団体戦で男女とも銀メダルを獲得し、リオデジャネイロ五輪へ向けて意気上がる卓球界。パラリンピックの世界にも期待の新鋭がいる。早大4年の岩渕幸洋(こうよう)(21)は昨年の欧州転戦でスペイン・オープンなど3大会を制覇。世界ランキングを11位まで上げて見事にリオ・パラリンピック出場権を獲得した。たくさんの人たちに支えられて挑むリオでの目標はもちろん表彰台。大きな夢を実現するため、パラ界のホープはきょうも一心不乱にラケットを振り続ける。 (藤山健二、首藤昌史)

 ~両下肢に先天性障がい~
 東京・新宿区の早大体育館。軽快な音楽に合わせてテンポの速いラリーが延々続く。左足に装具をつけていることを除けば、岩渕の動きは他の部員たちとほとんど変わらない。モットーは「台に近いところで積極的に打ち込む」こと。得意のフォアから強烈なスマッシュが決まると、練習中にもかかわらず小さなガッツポーズで喜びを表現した。

 パラリンピックの卓球は、五輪と同じ競技規則で行われる。ただし障がいに応じてクラス分けされており、先天性絞扼輪(こうやくりん)症候群と先天性内反足(ないはんそく)のために両下肢に機能障がいがある岩渕は軽い方から2番目のランク9に属している。手足が部分的にくびれ、内反足のために足が内側に変形しているが、装具をつければ不自由を感じることは少なく「子供の頃は障がいの意識はほとんどなかった」という。転機は早実中3年の時に訪れた。当時のコーチに連れられて観戦した障がい者の卓球大会で衝撃を受けた。「自分より障がいが重くて車いすに乗っている人たちが素早い動きでガンガンボールを打ち返している。凄いなと思いました。こういう世界もあるんだなって」。それまで障がいを持つ人たちだけの大会があることは知らなかったが、自分も出場できることを知って気持ちは固まった。

 ~台に密着、フォア勝負~
 早実高1年の時に第2回国際クラス別大会で決勝トーナメントに進み、翌年はジャパンオープンで初優勝。レベルアップのために積極的に海外へも飛び出し、2013年からは本格的に欧州を転戦するようになった。14年の世界選手権ではシングルスでベスト12、アジア・パラ(韓国・仁川)では銅メダルを獲得。昨年は前半こそ不調だったものの、6月のスペインOPを制すると一気に波に乗り、9月のチェコOPでも優勝するなど実績を積み重ねた。今年1月1日付の世界ランクではついに前年の21位から11位にまで浮上し、上位16人に与えられるリオ・パラの出場権を獲得した。

 ~部員が仮想ライバルに~
 ここ数年で急速にレベルアップしたのは他の部員の協力があってのこと。早大教育学部理学科で地球科学を専修している岩渕は人一倍研究熱心で、対戦相手やライバルたちの試合をビデオに撮り、動きや戦法を徹底的に分析している。障がいのランクは同じ9でも、障がいを持つ部位は足や手などそれぞれ異なるため、球速や球質も選手によって異なる。岩渕自身も左右の下肢それぞれ障がいが違うため、可動域が狭い右足は踏み込みが足りず、左足は踏ん張りが利かない。そのためできるだけ左右の動きを小さくするために台にくっつき、得意のフォアで勝負する戦術を編み出したが、半面、バックに課題を抱えている。「どうすれば自分の利点を生かし、相手の弱点を突けるか」。少しでも実戦に近い練習をと考え、チームメートにライバルたちの映像を見てもらい、同じような球筋を打ってもらうようにした。これが効果てきめんで、昨年の躍進につながった。「みんなの協力があるからこそ、今の自分がある。リオではお世話になってきた人たちの期待に何としても応えたい」と力を込める。

 来月にはリオの前哨戦となるスロベニアOPとスロバキアOP、6月には中国OPと連戦が続く。「リオで結果を出して、一般の人にもこんな凄い世界があるんだということをぜひ知ってほしい」。両親に「太平洋のように大きな幸せを」と名付けられた岩渕幸洋が、本当に大きな幸せを手にする瞬間が刻一刻と近づいている。 

 【背景】
 ~原因はまだわからず~
 先天性絞扼輪症候群は四肢の末梢(まっしょう)にひもで縛ったりひねったりしたようなくびれが生じる病気で、原因はよく分かっていない。皮膚にくびれがあるだけの軽いものから手足の指が欠損する重いものまでいろいろな症状がある。先天性内反足は生まれつき足が内側に反っていて矯正困難な形態異常で、やはり原因ははっきりしていない。

 岩渕は両足に同様の障がいがあり、普段は装具で固定している。固定すると足首が曲がらないので踏ん張りが利かなくなるが、普段の生活には大きな影響はないため、練馬区の大泉小の頃から卓球だけでなくゴルフやスキーも楽しんでいたという。

 【支援】
 ~卓球部中心に後援会設立 大きな自己負担…ならば頼れる先輩が助けよう~
 最近は徐々に競技団体などからの支援が増えてはいるが、海外遠征は基本的に全額自己負担がパラスポーツの現状だ。昨年だけで7大会に出場した岩渕を金銭的にバックアップしているのが、早実―早大の卓球部OB・OG組織。その関係者が発起人となり、約80人の有志で結成したのが「岩渕幸洋後援会」だ。後援会は14年に活動を開始し、遠征費などをサポート。岩渕は事務局を通じ活動内容などをリポートするなど、ホットな関係を築いている。今年1月30日には都内でリオ大会出場の祝賀会も行われた。本大会の応援団編成は未定だが、事務局関係者によると、今年度中には岩渕のブログなどを含めたHPを立ち上げる予定もあるという。

 【競技】
 ~2番目に軽いクラス9所属~
 パラリンピックの卓球はほぼ一般の競技規則に準じて行われるが、正規のトスが困難な選手には一度自分のコートにボールを落としてからサーブすることが認められるなど一部変更される場合もある。障がいの程度に合わせて11のクラスに分けられ、1~5が車いす選手、6~10が立位選手、11が知的障がい選手となっている。各クラスとも数字が少ない方が障がいは重い。岩渕はクラス9に所属。

 【現状】
 ~遠征は全て自身で手続き 専任コーチの多い欧州とは環境差~
 岩渕が属するクラス9のリオ・パラ出場選手は世界ランクの上位16人。各地で開催される国際大会ごとにポイントが決められ、今年1月1日のランクに基づいて出場選手が発表された。日本には専任のコーチが少なく、海外遠征の時は現地への移動、宿泊から監督会議まで選手自身が行わなくてはならず、一足先にプロ化が進み、指導者も多い欧州との環境の差は歴然としている。当然レベル的にも欧州が高く、岩渕がメダルを獲るには欧州勢とどう戦うかがポイントとなる。

 中国勢が強いのは五輪と同じで、12年のロンドン大会でも中国選手が金メダルを獲得しており、中国対策も必須だ。

 【略歴】
 ▼岩淵 幸洋(いわぶち・こうよう)
 ▼生まれ 1994年(平6)12月14日、東京都練馬区。
 ▼経歴 練馬区立大泉小学校から早実中に進学し卓球を本格的に始める。早大教育学部理学科地球科学専修4年在学中。進化古生物研究室で白亜紀の有孔虫について研究している。
 ▼サイズ 1メートル62、57キロ。
 ▼練習スケジュール 早大卓球部は授業に合わせて2時間の練習を2部制で行うため、フル参加なら1日4時間超。その他、夏合宿なども参加。
 ▼実績 早実2年で健常者の東京都大会ベスト32に入ったことがある。
 ▼趣味 体を動かすことが好きで正月は家族でゴルフ。シーズンにはスキーも。
 ▼好きな音楽 ポルノグラフィティ
 ▼家族 父・隆宏さん(56)、母・尚子さん(55)

 ◆チャレンジド・アスリート 障がいを持ちながら、自己の能力の限界に挑戦し、競技者として戦い続けるアスリート。

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