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横沢鉄平『荒野の釣りライター』

横沢鉄平

2017年5月9日

今だから思う。自分のターニングポイントは29年前のあの遠征だった。

今だから思う。自分のターニングポイントは29年前のあの遠征だった。

2012年の秋に始まり、4年以上続いたこの連載も、ついに最終回となってしまいました。書きたいことを書けるという理想的な企画だったので、非常に残念ではあるのですが、これも何かのターニングポイントだと思って、前向きにとらえたいと思います。

最終回にB級テクや、釣り場の近くで食ったラーメンの話を書いても仕方がないですよね? 何を書こうかな…と迷いましたが、釣りライターとしてのターニングポイントを迎えている自分ということもあり、ここまで釣り漬けとなってしまった人生のターニングポイントを振り返ってみましょう。

趣味として釣りを始めたのは小学校5年の頃。釣りライターとして仕事を始めたのは29歳。どちらも大きなターニングポイントでしたが、やはり僕にとって最大の転換点は21歳の1年間だったと思います。

あの年、僕は大学を一年休学して、南米のペルーに渡りました。目的は二つあって、ひとつはアマゾン川の単独イカダ下り、もう一つはドラド釣りです。イカダ下りは序盤でイカダが転覆してしまい、失敗に終わってしまいました。しかし、ドラド釣りに関しては、どうにか結果を出すことができたのです。

当時、大学3年生だった僕にとって、職業的な目標は政治家でした。これは今も変わりません。ただ、どこかのセンセイの秘書になったり、マスコミに就職したり、公務員になったりする気はさらさらありませんでしたね。まずは「冒険家」か「釣り人」で生きていこうという、ぼんやりとした将来しか描いていませんでした。

つまり、この南米旅行はある意味自分に対する試金石だったんですね。その結果、冒険は失敗、釣りは成功。「とりあえず俺は釣りでやってくぞ!」となったわけです。でも、実はこの年、もっと大きな出来事がありました。今から思うと、南米遠征ではなくもうひとつの出来事こそが、その後の僕の人生を方向づけてしまった感があります。

「鉄平、今年はお前がアマゾン行ったからさ、俺たちは琵琶湖に遠征することにしたよ」
「マジで?いつよ?」
「9月だな」
「それなら俺も行くから、メンバーに入れといてくれ」

これは、ブラジルからかけた国際電話での会話。相手は中学からの釣り仲間です。イカダ下りが早々に失敗してしまった僕は、予定より早く帰国することになったので、9月の琵琶湖遠征に飛び入り参加できちゃったんですね。

そうです、「もうひとつの出来事」とは、琵琶湖との出会いだったのです。当時、僕の仲間内では、ブラックバスの最大記録が44センチ。僕自身は37センチが自己記録でした。もちろん、50アップなんて夢のまた夢。正直一生釣れないと思っていました。

ところが、琵琶湖では50アップがそれこそバンバン釣れるというのです。ドラドを釣ってきたばかりの僕でしたが、琵琶湖のような大きな湖での釣りは未経験だったし、50アップのバスを釣る自信もなかったので、南米で知り合った「古門さん」という釣り人に相談してみました。彼は兵庫県に住んでいて、琵琶湖の釣りにも精通していたからです。

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