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松本光弘『痴虫松本のええじゃないか!!』

松本光弘

2017年3月1日

痴虫松本の二十歳のころ(前編)

痴虫松本の二十歳のころ(前編)

ただ今、朝の4時。原稿を書くために机の前に座ったのは数時間前だけど、今回のお題に対してのセルフ取材(原稿の準備の事です)と、これを書く切っ掛けになった現在発売中の雑誌“POPEYE”の「二十歳のとき、なにをしていたか?」を読んでいたら今になってしまいました。もちろん、いつも通り僕に明日は無い(実際は「編集者に」です、ゴメンナサイ)ので、このまま朝までに書き切って入稿する以外の選択肢は無いのであります。

2月10日に発売されたこの特集を見て、凄く面白いと思ったと同時に「また、自分が載っていない(選ばれなかった)」と、ほんの少しだけ思ってしまいました。この「また」と言うのは、以前釣り雑誌Rod&Reelの連載にあったロビン西さんの漫画に自分が間に合わなかった事から来ています。これにおいては、今書いた通り「間に合わなかった」だけで、連載が続いていれば自分も選ばれたであろうと、今でも未練がましく思っています。

そんな、傲慢かつ自己愛に満ちたわたくし、さすがにPOPEYEに載る可能性が無いのは解ってはいますが「自分で書くなら出来るじゃないか!!」と気付きまして、今回のお題とさせて頂きました。ちなみに自慢をさせて頂きますと、POPEYEと同じマガジンハウス社から出ている、超ハイソな女性誌GINZAには載せて頂いた事があるんですよ、手芸特集って所で。末代までの家宝となっております。(笑)

話を戻しまして、こういった雑誌ではプロのライターさんが文章を書かれる訳ですが、どうしようもないので取材もセルフですが、原稿もセルフと言う事で。(笑)

さて、このお題を決めたのは前回のコラムを書くより少し前の事。ちょろちょろと雑誌を読みながら、自分の二十歳のころを思い出そうとしますが、なかなか記憶が薄い。しかし、けっこうなメモ魔であり、資料を残すのが好きなおかげで(整理するのは苦手なんですが)、過去の手帳を引っ張り出し、自分の年表作りを仕事の合間に始めたわけです。

メインの資料は2005年~2016年まで肌身離さず使用していた「ほぼ日手帳」です。年始のコラムで今年から軽量化とスケジュール管理をしやすくするためにコクヨのPat-miに変更したと書きましたが、ほぼ日手帳と過ごした12年間は僕の1つの歴史でもあります。それを経て今の手帳スタイルがあるのですから。

そうそう、自分年表を作る切っ掛けがもう1つありました。それは、同じコクヨから出ている、ジブン手帳という物が発端となります。Pat-miを知った同時期に、このジブン手帳(詳しくは各自お調べ下さい)のLIFEという、年度を越えて書き続けて行く手帳にも出会いました。その中に、自分年表を作る欄があったのです。

仕事柄、時々自分の活動や制作歴を思い出さないといけない事があります。その度に、自分の年表を作っておくべきだと思っていたのです。それが、ジブン手帳に出会った事でやる気になり、更に今回の原稿で早くも必要になって来たと。

そうして、手掛かりとして一番手に取りやすく、情報が凝縮された手帳をチェックし始めましたが、結局今日の時点で3年分しか見直す事が出来ませんでした…。だって、思っている以上に情報が書かれていなかったり、逆に忘れているけど残しておきたい事が沢山あったりして進まない。そうこうしながら作業を進めるうちに、更なる問題に気付いたのです。

とりあえず情報がまとまっているという理由で手帳からスタートしましたが、2005年の年齢を考えていなかった。整理している途中で「これ、結構年齢行ってんじゃないの?」ってことに気付いて調べた所、2005年で既に27歳。今からすると12年も前なので記憶も薄く、十分過去なのですが二十歳にはほど遠い事に気付きました。

そこで一旦手帳からの過去の整理はストップし、具体的に二十歳のころの出来事を思い出す事に変更。これが、記者がいてくれたらもっと早く気付けたのですが、セルフゆえ時間がかかってしまいました。(笑)

ずいぶん前置きが長くなってしまいましたが、ここからはそうして思い出した僕の二十歳のころの話を書いて行こうと思います。

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