内村航平、東京五輪1年前に不屈の激白「一生、語り継がれる」伝説を
逆境のメダリストよ、立ち上がれ。20年7月24日の東京五輪開幕まで、ちょうど1年。カウントダウンが進む中、表彰台を知る有力アスリートが故障などさまざまな困難と闘っている。肩を痛め4月の全日本選手権で予選落ちした、体操の男子個人総合で五輪連覇の内村航平(30=リンガーハット)も、その1人だ。単独インタビューで明かした夢舞台への思い。「不屈」の2文字を胸に刻み、歩を進める。TOKYOで輝くことを信じて。
何度も聞かれてきた今さらの質問に、キングは前を見据えて言葉を紡いだ。「内村航平にとって、東京五輪の意味は?」。頂点に君臨してきた順風から一転、猛烈な逆風にさらされている今だからこそ、その答えを聞く必要があった。
「最大のモチベーションだし、自分の国で五輪が開催されるのは奇跡で、目指せる年齢に生まれたのも奇跡。人生最大の奇跡に立ち向かうという感じでとらえている」
4月26日、群馬・高崎アリーナ。両肩を痛めて満足できる練習をこなせずに臨んだ全日本選手権で、まさかの予選落ちを喫した。悪夢から約3カ月。世界選手権の代表に入れなかった30歳は、冷静に足元を見つめる。子供の頃、遊びの中で受けた“痛み”を思い出しながら。
「今は代表争いでも蚊帳の外。デコピンではじかれた、みたいな。誰かにとかじゃなく体操の器具全部に、はじかれた感覚があった。練習ができてこそ、器具ともしっかり対話ができる。“練習も積めないやつが、俺の上で何やってるの!?”と言われた気がする」
昨年末から抱いていた両肩の不安。17年、つり輪の構成を上げるためにF難度の「後転中水平」に取り組んだころから、不穏な兆候をキャッチしていた。
「自分からやりたいと思ってやった技だったけど、僕の得意な動かし方ではなかった。それがだんだん悪い方に2年間、積み重なっていって、爆発してしまった」
誰よりも体操を愛してきたが、状態が上がらない。両肩の“時限爆弾”が非情のカウントダウンを終えた春先は、戦う意義にすら疑問を持っていた。
「全日本を迎える前は、体操をやるのが嫌だったというか。何のためにやっているんだろうと毎日、繰り返していた」
五輪前年という重要なシーズン。納得のいくトレーニングを積めず、苦境に追い込まれることは覚悟していた。
「全日本前の試技会を(男子強化本部長の)水鳥さんが見に来てくれたけど、その時に“今年は代表に入れるかどうか分かりません”と伝えた。水鳥さんはそこまで心配していなかったけど、見事に的中してしまった」
17年は世界選手権の予選で左足首を痛めて棄権し、世界大会の連覇が止まった。昨年は世界選手権の約1カ月前に右足首を故障。2年続けて大舞台で個人総合を演技することができなかったが、今年襲いかかってきた試練は、過去2年とは比べものにならなかった。
「これまで、なかなか挫折というのがなかったので。17年がケガ、18年もケガで個人総合できなかったけど、あれがまだ自分の中で挫折じゃなかったんだと思わされた。越えられそうにない壁をいただいた。1年前で良かった。来年だったら、全てが終わっていた。まだ、運はある」
五輪と世界選手権を合わせた世界大会の個人総合で、09~16年に前人未到の8連覇を達成。冷静に振り返る、あの頃の自分とは。
「今考えると、あの8年間はおかしかったんだなと感じる。自分の中では普通なんだけどってことが、他の人から見たら意味の分からないことだったんだなって。でも、それを成し遂げてきたのも自分。悔しさも、もちろん感じている」
体操史に残した黄金の足跡。世界の頂点から遠ざかる今は、ある程度割り切って過去の自己をとらえている。理想像に執着しすぎず、それでいて別世界の出来事ではなかったのも事実だ。
「あの頃の自分を追うというよりは、参考程度にとらえている。参考にしつつ、同じようにできないというところもある。でも、間違いなく言えるのは、体操に対する考え方は、あの頃より深みを増しているということ」
昨夏、ジュニア時代に師事した小林隆氏が死去。17、18年のケガからの復帰、そして現在も、亡き師の教えを胸に腹筋やスクワット、ランニングなど地道なトレーニングに汗を流す。
「どこか痛めて器具の練習ができない時も、フィジカルを鍛えておけば何とかなるというのが小林先生の理論だった。指導してもらっていた高校の時はまったくピンとこなかったけど、今は“確かにそうだな”と思うことが多い。継続してやっていなかったら、もっと落ちていたと思う。吐くくらいきついし、泣きそうになるけど」
全日本後、病院を数カ所回った。体操選手にとって致命傷になりうる「腱板損傷」は免れ、心の平安を得た。少しずつ患部は癒え、体操への思いは再燃。全日本後は“夢物語”と表現した東京五輪だが、6月には“かなえられる夢”とし、今も着実に前進している。
「絶対に行けるところまではまだ自信がないけど、かなえられる夢以上にはなっている。痛みもあって、やりたくない気持ちでやっていく中で全日本を迎えてしまった。今は試してみたい気持ちが大きいし、純粋に楽しめているという感じ」
東京五輪を控え、苦境に陥っているメダリストの姿を見ると、人ごととは思えなかった。自国開催の五輪への挑戦は、痛みを伴う。年齢やキャリアを積み重ねるほどに。
「自分と同じなんだろうな、と思って。リオ五輪が過去最多のメダル数で、日本中が凄く盛り上がった。帰国してからの反応も、銀座でのパレードも凄かった。達成感が出過ぎちゃったのかもしれない。過去最高のメダルということは、メダリストはみんなある程度、出し切ったということ。次が東京だから、なおさら難しい。“リオの時より、もっと上を”みたいな感覚があるのに、成果が出てこないところもあるので」
東京の夢舞台は東日本大震災の復興五輪という位置づけもある。内村も東北をはじめ、日本を襲った災害の被災者を忘れたことはない。これまで、タイトルで希望をともしてきた。だからこそ、もどかしい思いが募る。
「今まで結果で勇気や元気を与えてきたというのもあるので現状は正直、歯がゆい。スポーツをやっている以上、やっぱり結果が一番見られると思う」
逆境からの歩みが、いまだ復興道半ばの被災地へのメッセージになるのではないか。内村は強い矜持(きょうじ)をにじませながら、肯定を避けた。
「苦しい状況がフォーカスされて皆さんが見てくれるかというと、僕はそうじゃないと思っているんで。苦しいところから、はい上がるのを見せたくない。あくまでも僕の個人的な考えで、皆さんの考えは違うかもしれないけど、僕は輝いているところを見せないといけないと思っている」
一番、輝くことができる場所。それが五輪であることは内村が一番、理解している。開幕まで1年。伸び盛りの10代だった07年、絶対王者として君臨していた11、15年とは五輪前年の置かれた立場が違うことも内村が一番、理解している。
「最近、東京五輪の目標を聞かれても、スラスラ答えられない。そもそも、その場に行けるのかってところから始まって、行けたとしても絶対的な自信が持てているかどうか」
体操界では大ベテランの30歳は、自らを“長老”と表現する。困難を乗り越えて4度目の夢舞台に立った時、我々は内村に何を求めるだろう。順位やメダルの色を問わない完全燃焼か、それとも…。
「僕がこういう状況になって、東京五輪に出て演技するだけで、見ている人は結果じゃない見方をしてくれるかもしれない。だけど、そこに結果がプラスしてついてくれば、これはもう一生、語り継がれる。今でも、前回の東京五輪のことは言われているし。ぜひそうなってほしいし、そこは自分が一番期待している」
キングは歩む。逆風にあらがい、復権を目指して。そして、キングは刻む。日本のスポーツ史に、永遠の輝きを放つ伝説を。
▽東京五輪への道 団体総合に出場できるのは4人。20年春の個人総合W杯4大会のポイント合計上位3カ国が、同種目の出場枠を1つ獲得する。日本選手が枠を得た場合、4大会の得点で日本人最上位かつ全体3位以内なら代表に決まる。個人総合の出場枠が追加で確保できる可能性もあり、従来通りなら全日本選手権やNHK杯などの国内大会を経て代表が出そろう。他に種目別での出場枠があるが、昨年の世界選手権で団体に出場した内村にはルール上、資格がない。
《目指すは8・30「全日本シニア」》6月の全日本種目別選手権を欠場した内村は、8月30日の全日本シニア選手権(福井)での復帰を目指している。「どれくらいの演技ができるか見極めて、6種目できる状態に持っていきたい。演技構成は落ちていると思うけど、シニアでしっかりできれば次につながる」。全日本シニアには世界選手権代表の谷川航、萱、代表入りできなかった白井も出場する。
◆内村 航平(うちむら・こうへい)1989年(昭64)1月3日生まれ、長崎県出身の30歳。3歳で体操を始め、日体大2年時の08年北京で五輪に初出場し、団体総合、個人総合で銀メダルを獲得。09~16年に個人総合で世界大会8連覇を達成し、16年12月にプロに転向した。リンガーハット所属。1メートル62、52キロ。
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