かませ犬部長vs小海途神~世界フィギュア紙上最大の決戦

[ 2019年3月30日 08:00 ]

世界フィギュアでのスポニチの紙面。写真撮影者は左の2枚が小海途良幹、右2枚が長久保豊
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 【長久保豊の撮ってもいい?話】羽生結弦選手を撮るのは楽しい。優雅な舞い、激しいステップ、それをなんとかファインダーの中に押し込みシャッターを切る。予習復習は時として無駄だ。演技の大筋は同じでも顔、手、足先の向き、流れ…、思うままにアレンジ、ブラッシュアップされていく。一期一会の演技の写真を腕利きカメラマンたちが持ち寄って「さあオレの羽生結弦を見てくれ」と勝負する。まるで千変万化する万華鏡の一瞬の記憶を競い合うようなもの。それが楽しくてしょうがない。

 さいたまスーパーアリーナでの世界フィギュア。いまや一部ファンの間で「神」と称される本紙・小海途良幹カメラマンとガチンコ勝負だ。

 「きょうはバックスタンド側に入ってもいいですか?」。

 「好きにしていいよ」。

 大会期間中、朝の会話はいつもこんな感じだった。一応、チームプレイであるからリンク内に死角ができないように、リンクサイドの小海途様に合わせて、こちらは4階スタンドを右へ左へ行くだけだ。勝負だというのにこの余裕。だって締め切り間際のスポーツ紙の編集を考えた場合、リンクを俯瞰して撮影する私の方が絶対に有利だ。なぜなら写真の背景をリンクの白一色にできる。背景が白ならばそこに見出しも原稿も流せるのだ。1分1秒の時間に追われる編集者は間違いなく私の写真を選択する。これも老獪なテクニックってやつですかな。クックックック…。

 だが神は不利な状況にもそれをよしとしない。SPでは「羽生選手の脚上げが撮りたいから」と1カットのためにバックスタンド側リンクサイドに陣取った。

 23日の男子フリーではフィニッシュ位置からは遠く離れた第1コーナー付近を選択した。真意は聞かなかったがフリーランスのお歴々カメラマンが同じ場所にズラリと並んでいたところを見るとレイバックイナバウアー(ロシア杯での美しさときたら!)かハイドロがお目当てか。こやつ、新聞の1面じゃなくてSNSの「いいね」狙いか。

 必然的に私は4階席の第4コーナーから600ミリレンズで狙う。4回転トーループからのトリプルアクセルを決めたあたりから加速し渦巻いていく歓声で、もはや自分のカメラのシャッター音さえも聞こえなくなった。フィニッシュ直前にはファンたちが立ち上がり両手を突き上げる高さを見越して階段を1つ上り、振動でぶれないようにシャッタースピードを1000分の1秒から1250分の1秒に上げた。冷静に淡々と自分のすべきことをやって行く。彼は右手を前に突き出し、それと入れ違うように左手を天に伸ばしたまま上体を反らしていく。そして右手で拳を握る。すべてが私のレンズの真正面で行われた。「1面はもらった!」。だが…。

 フィニッシュ地点から立ち上がり、あいさつすべく中央に向かう一瞬、羽生選手が右手を上げた。会心の演技の後に天を指差すおなじみのポーズとはならなかったが私の位置からは背中だ。既視感のあるフィニッシュを捨ててこの瞬間を狙っていたとしたら…。小海途神、恐るべし。

 翌日のエキシビション、「氷粒を投げ上げるシーンが撮りたい」と言ってカメラ席の外れに陣取る小海途良幹の姿があった。彼もまた羽生結弦という万華鏡をのぞいてしまったカメラマンなのだ。試合の後には「これ見て下さいよ」と言って振動を与えないように、そっと、繊細に万華鏡を人々に見せて回るのだ。また勝負してやってもいいが1つだけ言っておく。

「オレはかませ犬じゃねえ」。(写真部長)

 ▼長久保豊(ながくぼ・ゆたか)1962年生まれ。勝新太郎の「兵隊やくざ」シリーズが大好きで有田上等兵の「関東軍は星の数より飯の数」というセリフに感銘を受ける57歳。小海途くん、スポニチ写真部も「いいねの数より1面の数」なんだよ。

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