スポーツ界を震撼させた薬物混入事件 私たちにできることは

[ 2018年1月12日 10:45 ]

スポーツ庁への報告後、取材に応じたカヌー連盟の(左から)山口正副会長、古谷専務理事、成田会長
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 【藤山健二の独立独歩】どうしても五輪に出たい。でも、ライバルには勝てない。だったら相手に薬を飲ませて陥れてやろう。いったいどうすればそういう思考回路になってしまうのか。カヌーの五輪代表を巡って鈴木康大選手が小松正治選手に禁止薬物の筋肉増強剤を飲ませた前代未聞の愚行。30年以上もスポーツの取材をしているが、こんな悪質な事件は初めてだ。

 トップクラスの選手は自分が口にする食べ物や飲み物に関しては細心の注意を払うように教育を受けている。「知らなかった」は通用しない。薬やサプリメントを服用するときは必ずスポーツ専門医の指導を受けるし、試合会場では飲み物の取り違えや、それこそ意図的に一服盛られないように常に警戒もしている。実際、薬物混入ではないが、94年のリレハンメル五輪前には女子フィギュアスケートの米国代表を争っていたトーニャ・ハーディングの元夫がライバルのナンシー・ケリガンを襲撃してケガをさせるという事件も起きている。

 だが、それはあくまでも「海外でのこと」と誰もが思っていた。今回のように国内で、しかも信頼していた先輩に裏切られるとは、小松選手は想像もしていなかったに違いない。事件発覚後、日本カヌー連盟は試合場では飲み物を一カ所に集めて管理することや防犯カメラの設置などの再発防止策を発表したが、どんな対策を取ったところで完全に防ぐことは不可能だろう。ライバルを汚い手で失脚させようと思えば、他のやり方はいくらでもある。本当にやるかどうかは本人の良心の問題で、協会の対策不足や選手の自己管理の甘さを批判するのは適当ではない。鈴木選手は32歳。フェアプレー精神はもちろん、窃盗や薬物混入が犯罪だということをきちんと理解した上での行動だったのだろうから、全責任は彼一人が負うべきである。

 今回の事件を機に、負けた選手の心のケアが大切だという論調もよく聞く。だが、スポーツには必ず勝者と敗者がいるもので、突き詰めればどの競技でも勝者は1人であとは全員が敗者だ。負けを負けとして受け入れられない者にスポーツをやる資格はない。

 たった一人の信じられない行動で、先人たちが長年にわたって築き上げてきた日本のスポーツ界のクリーンなイメージはあっけなく崩壊した。国際的な信用を回復するのは容易なことではないが、私たちにできることは簡単だ。どんな時でもフェアプレー精神を貫き、勝っても負けても全力を尽くす。今までと同じように、当たり前のことをすればいいだけだ。間違っても今回の事件で選手同士が疑心暗鬼になったりしてはいけない。改めてそれだけは強調しておきたい。(編集委員)

 ◆藤山 健二(ふじやま・けんじ)1960年、埼玉県生まれ。早大卒。スポーツ記者歴34年。五輪取材は夏冬合わせて7度、世界陸上やゴルフのマスターズ、全英オープンなど、ほとんどの競技を網羅。ミステリー大好きで、趣味が高じて「富士山の身代金」(95年刊)など自分で執筆も。

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