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か細い86キロで始まった土俵人生 旺盛な闘争心、共感も呼ぶ

日馬富士引退

01年大阪場所で序ノ口優勝を果たした安馬時代の日馬富士
Photo By スポニチ

 やりのように突き刺さる立ち合い、驚異的な粘り腰。無差別級の相撲の世界にあって、軽量ながら闘志あふれる日馬富士の相撲は、ファンの共感を呼ぶものが多かった。

 01年初場所で初土俵を踏んだ16歳の時は体重86キロのか細い少年。その軽量をカバーしたのは何よりもハートの強さだった。しこ名が「安馬」だった三段目の頃から、親方衆の間では「安馬というモンゴルの子は、ものすごく稽古をするねえ」と評判が広がった。申し合いは1日100番以上が当たり前。ケガをしていても伊勢ケ浜親方は「ケガは土俵で治せ。そうすれば違う相撲を覚えられる」と妥協を許さなかった。

 「俺は強いんだって言い聞かせてる」と自分を奮い立たせ、投げの打ち合いで顔面から土俵に落ちて流血したときも、取り直しでは構わずぶちかました。「血は気にならないし、痛みも感じない」という旺盛な闘争心。「お客さんが喜ぶ激しい相撲を取りたい。今はお客さんが少なくて寂しいから」という相撲人気への危機感も持ち合わせ、幕内最軽量ながら役力士まで駆け上がった。

 一つの契機となったのは西前頭5枚目で横綱・朝青龍に初めて挑んだ05年九州場所だった。後ろに回られての送りつり出しで完敗し、高々と持ち上げられた恥ずかしさから苦笑いして土俵を割った。後に「俺は情けない相撲を取った。もっと強くなりたいと思ったのは、あの時だった」と述懐した転機となる黒星。3年後に大関の座をつかみ、7年後に頂点へ上った。しかしその激しい闘志ゆえに、勝負がついた後のダメ押しが絶えない時期もあった。今回は土俵外でその気性が暴発した。最後は無念の幕引き。3月の春場所で始まった17年ぶりの豪華4横綱時代は、その一角が品格に傷をつける形でわずか5場所で終わった。

[ 2017年11月30日 05:30 ]

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