ダル トミー・ジョン手術後に進化するその凄み、シンクロした脳と体の働き

[ 2017年10月21日 10:00 ]

ドジャースのダルビッシュ(AP)
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 トミー・ジョン手術を受けて実戦復帰した投手はたくさんいる。だが、以前より良くなったと断言できる者は果たして何人いるのか?

 ドジャースのダルビッシュ有がメジャーの打者を圧倒し続けている。

 公式戦を含め、過去5試合は30回2/3を投げて、防御率0・88。35奪三振、2四球。被打率・159。10月17日のナ・リーグ優勝決定シリーズのカブス戦も7回途中1失点、わずか81球で余力を残しての降板。昨季の王者をねじ伏せた。

 15年3月の手術後、リハビリ開始にあたって、当時のレンジャーズのジョン・ダニエルズGMは「元の状態に戻ってくれれば」と語ったが、ダルビッシュは常に「手術前よりも良い投手になる」と明言していた。サンプルとしてはまだ小さいが、その言葉が現実になろうとしている。サイ・ヤング賞投票で2位になった13年ですら、ここまで安定した時期はなかったと思う。

 とはいえ、実戦復帰の16年5月28日からの1年5カ月は決して順風満帆ではなかった。肘にメスを入れ、じん帯を付け替えたわけだから、球を強く投げられるようになったとしても、微妙な調整は利かない。精巧なメカニックに狂いが生じる。

 思い出すのは、前にカブス相手に投げた昨年7月16日のゲーム。5回途中まで被安打2、2失点。98マイル(約158キロ)の真っすぐや切れ味鋭いスライダーで9個の三振を奪い、相手投手は「異次元のレベル」と球威に舌を巻いた。

 一方で、1、3、5回に先頭打者に四球を与えるなど制球が不安定で、何度もマウンド上で首をかしげ、腕の振り、ボールのリリースなどをチェックし直していた。試合後「感覚がずれている。全体的にそうだった」と明かした。

 実は実戦復帰から3試合目、6月8日のアストロズ戦の後、右肩の張りを訴え再び故障者リスト(DL)入りを余儀なくされていた。治した肘をかばおうと無意識のうちに右肘が上がり、そのために使う筋肉が変わって、右肩の棘上筋(きょくじょうきん)に張りが出たためだ。そこで再復帰に向けた練習では、キャッチボールで意識的に肘を下げた。しかしながらビデオで見ると下がっておらず、そのズレに戸惑った。戸惑いは上記のカブス戦でも続き「今日は肩の調子も良かったので、普通に投げたつもり。それがビデオを見たら、結構肘が下がっていたので、これくらいなら良いのかなと。でも逆に言うと、自分では下げているイメージがないのにその位置にあるから、そこは感覚がずれている」と話していた。

 ダルビッシュが投手としてどれだけ性能が高いかを語るとき、コーチやほかの投手、つまり野球の玄人たちは「自分の体がどう動いているかを把握する能力が高く、あれだけ再現力のある選手はほかにいない」と証言する。本人も「頭で想像したものを体で表現するのが自分が一番得意とする部分」と話していた。

 ところが、トミー・ジョン手術後のリハビリではその特技がうまく生かせなかった。「脳がバグって、自分の思っていることとやっていることが違っている。それがトミー・ジョン手術の後はずっとあった。治すには誤差を自分の中で埋めていかないと」。この言葉は今年9月始めのサンディエゴで、踏み出す左足の向きがおかしくなっていることを説明した際のものだが、昨年7月のカブス戦でも同様の悩みを口にしていたのだ。

 自分の得意とする部分に裏切られ、納得行く投げ方ができない。その上、「優勝請負人」としてドジャースに呼ばれながら、ポストシーズンに間に合わないかもという焦りが重なる。先月9月8日のロッキーズ戦の後、こう心情を吐露した。「フラストレーションがたまるというか、野球だけでなく、人生もそうですけど、誰だって、死ぬまでずっとうまくいくことはない。これも僕の人生の一部ですから、それは受け止めていますし、諦めたり、前に進むことをやめたりはしない。自分はずっと戦っています」。

 腹をくくり覚悟を決めたダルビッシュに光明がさしたのは、この直後だった。9月13日のジャイアンツ戦である。「自分の動きで、昔できていて今できていないところを見つけられて、それをするにはどうしたら良いかを思いついた。ジ軍戦の前の日だったんですけど、試合でやってみると見事にそれだったので」。具体的に何をどう変えたのかヒントは?と聞くと、「ヒントはないです。すみません」と言って笑顔を見せた。ようやく、脳と体の働きがシンクロし、前述のずばぬけた成績が導き出されていった。

 サイ・ヤング賞投票2位だった13年より良くなった点を筆者なりに数字で指摘すれば、13年がストライク率62%、イニングあたりの投球数が16・46球だったのに対し、最近5試合は68・6%、14球。ストライクをどんどん投げ効率良く打ち取っている。13年は奪三振奪王に輝き、9回あたり11・89三振だったが、この5試合も10・27三振。微減に過ぎず、持ち味はキープしている。一方で9回あたり3・43四球だったのが0・59と激減、弱みは消えた。

 「今はトミー・ジョンの前より投球内容は良いですし、今の自分の方が良いピッチャーだと思いますけど。ピッチングでもどの仕事でも極めるということはないので」。

 これまでトミー・ジョン手術を受けたプロ選手は1000人近いと言われる。進化したダルビッシュは、次はワールドシリーズの舞台で真価が問われるのである。(奥田秀樹通信員)

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