全盲の柔道・永井崇匡 金メダルへの方程式 研ぎ澄ました感覚×立ち技から寝技への連係
感覚を極限まで研ぎ澄まし、相手の動きを制する――。視覚障がい者柔道で次代のエースと期待されているのが、男子73キロ級の永井崇匡(たかまさ、22=学習院大)だ。弱視も同一カテゴリーという競技にあって、永井は全盲の柔道家。将来は数学教師になるため理学部数学科に通う俊才は、25日でちょうど3年後となる20年東京パラリンピックでの表彰台という壮大なクエストに“解”を求めようとしている。
永井の得意技の一つが小外刈りだ。左組み、自らの右足で相手の左かかと上をタイミング良く刈る。全盲の柔道家には、もちろん相手の足は見えない。「組んでいる腕から伝わってくる動きで刈るんです。自分のイメージと合っていれば決まる。イメージと合わない選手は…強い選手ですね」
組み合って始まる視覚障がい者柔道では、開始直後の担ぎ技が主流。弱視の選手なら、相手の大まかな動きを捉えることもできるだろう。だが、2歳で完全に失明した永井は、ひたすらに感覚を研ぎ澄まし、息遣いや音をヒントにしながら一瞬を刈り取る。
柔道と出合ったのは、小学校1年の秋だった。父・経行さんが、群馬県中之条町の道場でコーチをしていた知人の竹渕省三さんに相談したのがきっかけだ。全盲の選手に教えるのは、指導者にとって初めて。知恵を絞る大人たちを尻目に、永井自身は居心地の良さを感じていた。
「外では“危ない”と言われることもあったけど、道場の中なら自由に走り回れたんで、道場に行くのが楽しみでした」
指導者がやってみせても、視覚から情報を得ることはできない。技なら、まず掛けてもらう。次に他人の動きを触って感じる。自らやってみて修正してもらう。受け身に始まり、立ち技、そして寝技への連係。複雑な動きを何万回も繰り返しながら、頭と体に染み込ませてきたのだ。
天賦の才もあったのだろう。小2では中之条町の大会で2位に入り、3年生で県大会に出場。小学校卒業までに2度、群馬県大会の3位に入った。もちろん、相手は全て健常者だ。「自分にとっては見えないのが当たり前だから、見えるという感覚が分からない。だから、不自由を感じたことがないんです」
群馬県立盲学校の小学部を卒業すると、東京の筑波大付属視覚特別支援学校を受験し、合格。そこで出合ったのが、もう一つのライフワークとなる数学だった。答えが一つしかないと考えがちだが「一つの問題を図形の問題とするのか、方程式と考えるのか、いろいろな捉え方ができる」というのが、好きな理由だという。
その数学的アプローチが、二つ目の得意技=寝技につながっているのだとしたら、運命的だろう。相手の体の位置や動きが捉えやすい状況で、どこにどう力を加えれば相手の体を制することができるか。文字通り“解”を求めるような練習が、楽しくて仕方がない。今は「立ち技から寝技への連係が課題。仕留められる時に仕留めないと勝ち上がれない」と分析している。
視覚に障がいのある子供に、数学の面白さを伝えたい。高校卒業後、思い描いたのは数学教師になる夢だった。競技生活を中断し、理学部数学科を目指して2浪。「柔道の練習をしなければ浪人期間が短かった」と笑うが、その期間中に古傷だった右膝前十字じん帯の再建手術を済ませ、本格的な筋力トレーニングでパワーアップしたのも、振り返れば必要な時間だった。
ブランクを経て、本格的に戦線復帰した昨年は11月の全日本大会73キロ級で優勝。今年6月の代表選考会でも優勝し今年最大の大会となるW杯(10月、ウズベキスタン)の代表となった。東京に向け、世界ランクに復帰する最初のチャンスだ。「東京まで3年なので、いろいろ試せるのはあと1年だけ。残り2年で磨き上げて、という感じですね」。表彰台というアンサーへの道筋は、もう描けている。
《競技》柔道はパラリンピックでは視覚障がいのある選手により行われる。光覚があるなしに関係ない全盲と、強度、軽度の弱視の3クラスが認定される。ただし、大会では体重区分のみで障がいの軽重は考慮されない。健常者の競技と異なるのは、両者が組み合った状態で試合を始めること、離れた場合に「待て」がかかることなど。なお、国際視覚障がい者スポーツ連盟(IBSA)は、弱視に比べハンデのある全盲の選手だけを対象に、20年東京で団体戦の実施を提言している。
《背景》生まれつき眼球に異常を抱えていた永井は、2歳で完全に視力を失った。それでも両親は障がいを意識しない子育てを敢行する。母・友紀子さんは「包丁を握らせてりんごの皮むきもさせた」と言う。小1から通い始めたのが、地元の柔道教室だった。前橋市の群馬県立盲学校への送り迎えに加え、月、水、金曜日の夜は道場に送迎した母。ある日、永井に「稽古中は見ないでほしい」と言われた。「きっと子供の輪の中に入っていくのに、父母がいるのが嫌だったんでしょう。昔から決めたことは最後までやり抜く、頑固なところがあったんです」
《支援》今も永井の心のよりどころとなっているのが、柔道を始めた中之条町の林昌寺道場だ。筑波大付属視覚特別支援学校在学中は帰省の際、最初に帰着連絡を入れるのが約束となっているが、それを忘れて道場に飛んでいったこともある。小6から指導している林昌寺の柴田純源住職は「寝技で抑え込んでも返すまで暴れていた。その気持ちが今の永井選手をつくっていると思う」と笑う。今も、東京で習った技を帰省時に一緒に研究することがあるという。また、学習院大は体育会柔道部に部員として受け入れ。他の視覚障がいアスリートも在籍する大正大は、夏合宿にも永井を帯同している。
《現状》パラリンピックで柔道が採用されたのは88年ソウルから。04年アテネから女子も加わった。96年アトランタから藤本聡(65キロ→66キロ級)が3連覇を達成するなど、活躍してきた。しかし、近年は海外で強化が進む一方、国内競技人口は増えず苦戦。国際大会では14年以降は優勝者ゼロで昨年のリオ・パラリンピックは銀1、銅3に終わった。今年のW杯男子代表7選手で最年少、日本代表の熊谷修監督が「体幹が強くセンスのある柔道をする」と評価する永井は期待の星。現在は熊谷監督のいる大正大などへの出稽古だけでなく、筋力トレーニングも積極的に導入し、成長を続けている。
◆永井崇匡(ながい・たかまさ)1995年(平7)1月4日、群馬県吾妻郡中之条町生まれの22歳。群馬県立盲学校から筑波大付属視覚特別支援学校(中等部)に受験進学。寮生活、2年の浪人生活を経て現在は学習院大理学部数学科3年。中高時代は寮生活だったが、現在は自炊生活。音声読み上げでレシピを確認し、包丁も器用に使う。困るのは「スーパーでどこに何が売っているのか分からない」ことと、左右で色違いのソックスをはいてしまうこととか。12年、高1で国内2位ながら世界選手権(トルコ・アンタルヤ)に出場。初戦でベラルーシ選手に敗戦。趣味は音楽を聴くこと。miwaのファン。友人との食事も。家族構成は、父・経行さん、母・友紀子さん、姉・里彩さん、弟・大生さん。
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