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ある日思い立って東京から愛媛まで走ったレスラーの話

泉武志
Photo By スポニチ

 心機一転、物事に打ち込もうとした時、人はどんな行動に出るのか。

 ばっさり髪を切ったり、目標を書いてトイレの壁に貼ったり、海に向かって叫んでみたり。あなたならどうするだろう?



 その男は走った。ひたすら走った。東京から愛媛まで。約1000キロの道のりを走り続けた。



 今月17日に行われたレスリングの全日本選抜体重別選手権、男子グレコローマン71キロ級は泉武志(28=一宮グループ)が制した。昨年末の全日本選手権、5月のアジア選手権に続く優勝を果たし、8月にパリで行われる世界選手権代表の座を射止めたのである。



 事ここに至る道のりは東京〜愛媛間以上に長かった。



 学生王者にも輝いたことのある泉は、12年の日体大卒業時にまずレスリングを辞めた。その理由は「先がない」。

 お笑い芸人になりたいと親に伝えると「絶縁だ」とはねつけられ、「裏方ならいい」と言われて、知人のつてで制作会社でADとして働き始めた。だがロンドン五輪を見てカムバックを決意。9カ月勤めた会社を辞め、「たるんだ体と心を鍛え直そう」と思い立ったのが、実家のある愛媛県八幡浜市までのウルトラマラソンだった。



 リュックに着替えと寝袋をつめて出発。国道1号線をたどって大阪へ向かい、兵庫から淡路島を経て四国へ。師走の街を野宿、ファミレス、漫画喫茶、カラオケと泊まり歩いた。

 道案内はスマホ任せ。つけっぱなしでいるわけにはいかないから間違えもしょっちゅうだった。「気づいたら通り過ぎてたとか。1、2時間遠回りじゃん、マジかよ!ってめっちゃありました」

 話は実家にも伝わって電話がかかってきた。

「何やっとんだ!電車で帰ってこい」

「でもここまで来たからやるわ」

 その時、泉はまだ名古屋にいた。



 「淡路島では霧で道が見えなくて、携帯のナビも充電切れで道が分からなかった。あのときは公衆トイレで凍死しかけました」

 24時間×23日間=552時間の耐久レース。黄色いTシャツを着ているわけでも、誰かを感動させたわけでもない。“やらせ”と言われないように説明しておくと、たまにはキックボードも使ったし、淡路島ではフェリーも使った。

 12月24日はラブホテルに泊まった。なぜか一室だけ空いていたのだ。クリスマスソングを聴きながら、少し大きなベッドに1人で身をうずめた。





 しかし、そんな破天荒な行動の果てに目指したリオ五輪は、選考会の初戦で敗れた上に頸椎を痛めて落選した。人生ってそんなにドラマチックじゃないのだ。



 その後は交通事故で足首を痛めるなどどん底だった。またしても引退を考えたが「負けっ放しも嫌だし、レスリングをまだやりたい気持ちもあった」と階級を上げて再起した。

 ルール変更も追い風となり、寝技の防御という短所が目立たなくなった。全日本選抜体重別の決勝では、リオ五輪代表の井上智裕(三恵海運)を破って2年ぶりの世界切符を手にした。



 20年東京五輪への足取りは今のところ快調そのものに見える。だが泉は冷静だ。

 「先のことを考えずに目の前のことを処理していこうと思っている。レスリングはまだこれからルールも階級も変わる。先のことは見られない」



 レスリングに先がないことを嘆いていた男は、先の見えない状況に嬉々として立ち向かっている。常人離れした発想と行動力を持つこのレスラーのマラソンは一体いつまで続くのだろう。(雨宮 圭吾)

[ 2017年6月23日 10:40 ]

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