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浅田真央「元気」から「憂い」「苦悩」…それでも印象は「笑顔」

笑顔で会見する浅田真央さん
Photo By スポニチ

 世界の最前線を走りながら、年齢制限に阻まれて夢舞台に立てない女の子がいるのは、報道などで知っていた。初めての取材は06年3月2日。トリノ五輪を制した荒川静香が帰国した2日後、15歳は世界ジュニア選手権に向けて出発した。

 エネルギーに満ちた演技を初めて会場で見たのは1年後の07年3月、東京体育館で開催された世界選手権。ショートプログラム(SP)は「ノクターン」、フリーは「チャルダッシュ」だった。トリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を決め、コンビネーションが成功すると演技中でもガッツポーズ。目の前には、リアルに天真爛漫な16歳がいた。

 あれから、10年以上が経過した。現役を退くまで取材することになるとは、想像できなかった。全ての試合を取材したわけではないし、少し担当を離れていた時期もあったけれど、オンアイスとオフアイスでさまざまな表情を見てきた。フランス・ニースの街角で「こんにちは!」、深夜の羽田空港で「こんばんは!」。驚いて振り向くと、声の主はいたずらっぽく笑っていた。

 次に記すのは、個人的なイメージである。10代だったバンクーバー五輪までは「元気」。最愛の母・匡子さんを11年12月に亡くし、ジャンプの立て直しにも苦労したソチ五輪は「憂い」も加わる。1年の休養を経て復帰した直後は好調だったが、左膝痛もあってパフォーマンスは低下し、「苦悩」を見ることが増えた。それでも、この10年を振り返ると、やっぱり笑顔の印象が強い。

 演技が始まる前、選手名がコールされる。日本なら「あさだ、まおさん」、海外なら「マオ、アサ〜ダ」。実はこの時、ボクは文字通り、手に汗握っていた。これからどんなパフォーマンスが見られるのか、トリプルアクセルは大丈夫か、ジャンプは全て決まるのか。スタート位置につくまでいろいろと思いをめぐらせ、手を見ると本当に汗をかいている。つまり、それほどにこちらも緊張していた。

 現役引退を発表し、勝負のリンクに別れを告げた。もう、あの緊張感は味わえない。もう一度、ノーミスの演技を見たかった。そんな思いは、会見での晴れやかな表情と「気持ちも、体も、気力も全部出し切ったので、何も悔いはないです」という言葉を聞けば消え去った。浅田真央さん、いや、この呼び方はなにか違うな。真央ちゃん、本当におつかれさまでした!(記者コラム・杉本 亮輔)

[ 2017年4月14日 10:00 ]

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