【復刻版】真央、世界一!女王・スルツカヤに完勝 トリノ「出たい」

[ 2017年4月11日 12:20 ]

浅田真央引退 復刻1面特集(2005年12月18日付)

浅田真央引退 復刻1面特集(2005年12月18日付)
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 【GPファイナル第2日(2005年12月17日 国立代々木競技場)】世界の女王は真央だ!女子のフリーで浅田真央(15=グランプリ東海ク)が125・24点の自己ベストをマークしてショートプログラム(SP)に続いて1位となり、合計189・62点で優勝した。GPファイナルでの日本勢の優勝は03年の村主章枝(24=avex)以来、史上2人目。トリノ五輪金メダル最有力候補のイリーナ・スルツカヤ(26=ロシア)に8・14点の大差をつけての圧勝で、浅田の五輪出場を否定した国際スケート連盟(ISU)に強烈なパンチを見舞う演技となった。

 最後のポーズを決めた浅田の表情に会心の笑みが浮かんだ。誘われるように客席から拍手が降り注ぐ。ただの拍手ではない。鳥肌の立つ感動をそのまま両手に込めたような拍手だ。次々と立ち上がる。総立ちのスタンディングオベーションが、すでに浅田が世界一の座にいることを証明していた。

 得点が表示されるとうっすらと涙が浮かんだ。「びっくりしたのと、うれしいのと…。いっぱいです」。15歳の精いっぱいの言葉で浅田は感動を表現した。「きょうは100点」。前日の99点が満点に変わった。言葉通り、世界女王にふさわしい完ぺきな演技だった。

 7つのジャンプをすべて成功させた。1カ月前から宣言していたトリプルアクセル(3回転半)を2度盛り込むとの約束は「(直前の)スルツカヤさんの時に少し不安になったので(山田)先生に言って1回にした」と言う。成功していれば女子では世界初、しかも1回はコンビネーションを予定していただけに、二重の世界初だった。快挙は「次の目標」にお預けとなったが、優勝は逆に強さを際立たせた。

 この日の大会前、ISUのチンクワンタ会長はあらためて浅田のトリノ五輪出場を否定した。ルールはルール。正論をタテに、イタリア人会長はかたくなだった。だが、02年ソルトレークシティー五輪2位、世界記録保持者、昨シーズンの世界選手権女王と数々の肩書を誇るスルツカヤを下した演技は、同会長の目にどう映ったのだろう。同国にはコストナーというトリノ五輪メダル候補もいる。自国での五輪を色あせたものにしかねない決断を、浅田の演技が真っ向から否定した会心の優勝だった。

 「スルツカヤさんに勝てるとは思わなかったのでびっくりしています。前と変わらず、トリノ五輪には少し出たい気持ちがあるけど、(2010年の)バンクーバー五輪で頑張りたい」。わずか87日、規定より生まれた日が遅かっただけの浅田に、世界最高の実力を世界最高の舞台で披露する機会は失われた。それでも色あせない実力を、代々木の総立ちの観衆が称えていた。 (鈴木 誠治)

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2017年4月11日のニュース