“神の子”ガルシア ついにメジャー制覇、74度目の挑戦 PO制した

[ 2017年4月11日 05:30 ]

米男子ゴルフツアー マスターズ最終日 ( 2017年4月9日    米ジョージア州オーガスタ オーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブ=7435ヤード、パー72 )

プレーオフを制しマスターズ初制覇を飾り、雄叫びを上げるガルシア(AP)
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 “神の子”がついに、ついに頂点に立った。セルヒオ・ガルシア(37=スペイン)が通算9アンダーの279で並んだジャスティン・ローズ(36=英国)とのプレーオフを1ホール目で制して初優勝した。2人は第3日を終えて首位に並び、最終日は69で回った。ガルシアがメジャー初タイトルまで要した試合数は史上最多の74。28位から出た松山英樹(25=LEXUS)は7バーディー、2ボギーでこの日ベストに並ぶ67をマークし通算1アンダーで11位だった。

 18番で行われたプレーオフの1ホール目。3・5メートルのバーディーパットをカップに沈めたガルシアは拳を握りしめ何度も雄叫びを上げた。74度目の挑戦でついにメジャータイトルを手にした。歯に衣(きぬ)着せぬ発言などで、米国ではこれまでアウェー状態。だが、この日は違った。大きく響く「セルヒオ・コール」。粘り強いプレーは時間とともにパトロンの心をも揺さぶった。

 「本当に長い時間がかかった。メジャーの日曜日に、こんなに落ち着いてプレーできたことはない。ボギーを打った後でも前向きな気持ちを保つことができた」。グリーンジャケットに袖を通し満足そうに笑った。

 アマチュア時代から将来を嘱望され「神の子」と呼ばれた。19歳だった99年全米プロ選手権でタイガー・ウッズ(米国)と優勝を争って2位に入った。メジャー初制覇に時間はかからないとみられたが、その後は期待を裏切り続けてきた。

 この日も道のりは険しかった。首位で並んで出たローズとの一騎打ち。10、11番の連続ボギーで2打のビハインドとなった。13番では第2打を左の茂みに打ち込みアンプレアブル。しかし、パーを拾って生き残った。

 一つのトラブルで集中力を欠き、自滅したかつての姿はない。「僕は変わった。何が起きても受け入れられるようになった」。ひげに白いものも目立つ37歳。重ねた月日は無駄ではなかった。14番のバーディーで1打差、15番パー5では8Iで2オンすると4メートルのイーグルパットを決めて追いついた。18番では決めれば優勝となる1メートルのパットを外したが、プレーオフで決着をつけた。

 スペイン人のマスターズ優勝者は80、83年のセベ・バレステロスさん、94、99年のホセマリア・オラサバルに次ぐ3人目。9日は11年5月7日に脳腫瘍で死去したバレステロスさん(享年54)の誕生日だった。レジェンドの死去直後の試合では上下とも黒のウエアで弔意を示したほど、慕っていたガルシアは「セベの(存命なら)60歳の誕生日に勝ててうれしい。いくつかのショット、パットで彼が助けてくれた」と感慨深げに語った。

 歓喜の瞬間、駆け寄ってきた婚約者のアンジェラ・エイキンスさんと抱擁し、何度もキスをかわした。年内に結婚予定で二重の喜びとなった。「最高の1週間だった。この喜びを残りの人生をかけて味わいたい」。ガルシアは余韻に浸った。

 ◆セルヒオ・ガルシア 1980年1月9日生まれ、スペイン出身の37歳。レッスンプロだった父の教えを受け3歳でゴルフを始め、15歳で欧州アマチュア選手権優勝。99年のマスターズでベストアマに輝いた後にプロ転向。同年の全米プロ選手権で2位に入った。欧州ツアーでは99年の初優勝から通算12勝、米ツアーでは01年から9勝を挙げていた。1メートル78、80キロ。

 ≪「七色のアイアン」バレステロスさん 世界91勝、11年死去≫1957年4月9日にスペインで生まれたセベ・バレステロスさんは、アイアンの名手で、多種多様なショットは「七色のアイアンショット」とうたわれた。マスターズ2勝(80、83年)、全英オープン3勝(79、84、88年)。日本オープンでも2年連続優勝(77、78年)を飾っている。欧州ツアー50勝は歴代1位。全世界で91勝を挙げ、97年には世界ゴルフ殿堂入りを果たした。11年5月7日、脳腫瘍により54歳の若さで死去した。

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