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「熊本のため」軽トラで走り回った2週間 青山加織が実感した“繋がり”

故郷熊本のため奔走した青山加織。今年は2014年以来となるシード奪還を誓う
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 「もう一度やれと言われたら、できないです」。そう話した彼女の顔からは、充実感が漂っていた。

 2016年4月14日、熊本県を中心とする九州地方を大地震が襲った。その直後から、ひとりの女性が被災地を“走って”いた。彼女の名前は青山加織(31=コンフェックス)。熊本県熊本市出身の女子プロゴルファーだ。

 4月14日。青山は翌日から地元・熊本で開催予定の「KKT杯バンテリン・レディース」に備え、市内の自宅マンションで過ごしていた。21時26分、後に「前震」と呼ばれる揺れが熊本を襲った。最大震度7の大地震。建物の倒壊は免れたものの、部屋中のすべての物が散乱。青山は試合に備えて早めに就寝していたがクローゼットはベッドをめがけて倒れ、部屋の扉は歪み、辺りは停電。強烈な揺れでベッドから振り落とされ、床との隙間に転がったことが幸いして大きなケガは無かったが、真っ暗な部屋で「ああ、これは死んじゃうな」と死を意識したという。

 必死の思いで母と2人で自宅を脱出。市内の知人宅に身を寄せ翌日の試合に備えるも、どこにいようが眠れぬ夜に変わりはない。翌15日には「余震が予想される中、ギャラリーと選手、関係者の安全確保のため」試合の中止が発表された。

 青山の元には直後からプロゴルファー仲間やスポンサーから、少しづつ支援物資が届くようになった。度重なる余震の中でも被災後の様子や感謝の気持ちを自身のSNSを通じて発信すると、全国のファンから物資輸送の申し入れが寄せられ、支援の輪はどんどん広がった。

 「小学校や公民館の避難所で配られる支援物資って、並んだ人しかもらえないんです。当たり前かもしれないけど、それだと小さな子どもや、お年寄りの分がもらえない。誰も悪くないけど、融通が利かないのがもどかしくて」。

 その経験から青山は“自ら走る”ことを決意した。全国から寄せられた支援物資を乗せて、軽トラックを自分で運転して熊本中を駆け巡った。重点的に回ったのは指定避難所“外”。高齢者のグループホームや児童ホーム、個人宅。被災者の元を奔走した。

 「最初はやり方も何も分からなくて、でもとにかく物資を渡さなきゃという思いしかなくて。名前も明かさなかったので不審がられたこともありましたね。受け取ってくれないんです。“どこから持ってきたんだ”って」。

 それでも青山は走ることを止めなかった。震災翌週には女子ゴルフツアーは再開されたが、青山は2試合を欠場。「私が動いた、というより動かされてました」。地元に留まり、ひたすら物資の分配、梱包、輸送を続け、その活動の様子は熊本中に知れ渡った。「人と人との繋がりの大切さを実感しました。2度とこんなことは起きて欲しくないけど貴重な体験だったと思います。もう一度やれと言われたら、できないです」と約2週間の活動を振り返った。

 間もなく熊本は「4・14」から1年を迎える。昨年中止になった「バンテリン・レディース」も開催に向けて準備は着々と進められている。自身は2月に1歳年上の一般男性との結婚を発表した。最高のサポーターを得た青山は「去年は熊本関連で頭がいっぱいでしたからね。今年は落ち着いて(ゴルフが)できたらいいな」と笑顔を輝かせ、2014年以来となるシード奪還を誓った。(伊藤 靖子)

[ 2017年3月13日 11:40 ]

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