世界スケート選手権で銅メダルの高木美帆に伝えたい橋本聖子氏の言葉

[ 2017年3月11日 08:30 ]

世界選手権で女子総合3位となり、表彰台で喜ぶ高木美帆
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 【藤山健二の独立独歩】ノルウェーのハーマルで行われていたスピードスケートの世界選手権で、高木美帆(日体大)が銅メダルを獲得した。種目別で争う五輪とは違い、世界選手権は500〜5000メートルの4種目総合で順位を決める。短距離と長距離の能力を同時に身につけることは至難の業だが、高木は14年のソチ五輪後もずっと全種目に取り組んできた。今大会でも短距離の500メートルで1位、中距離の1500メートルでも2位に入ったのを始め、長距離の3000メートルと5000メートルでも6位と踏ん張り、日本勢としては00年の田畑真紀以来、17年ぶりに表彰台に上がった。

 来年の平昌五輪では今回の4種目に1000メートル、マススタート、団体追い抜きを加えた計7種目が行われる。高木ならすべての種目に出場することが可能だが、本気で金メダルを狙うなら「捨てる勇気」も必要だ。全種目を滑るオールラウンダーと言えば、偉大な先駆者がいる。現日本スケート連盟会長の橋本聖子氏だ。92年のアルベールビル五輪では5種目すべてに出場し、1500メートルで日本の女子選手としては冬季五輪史上初となる銅メダルを手にした。苦悶の表情を浮かべながら全種目を滑り切った姿に当時多くの日本人が感動したが、25年たった今、橋本氏本人はこう振り返る。「あの時本当に狙っていたのは1000メートルだったんですよ。全種目出場にこだわらず、500メートルを捨ててきちんと調整しておけば1000メートルでもメダルが獲れただろうし、1500メートルはもっと上に行けたはずなんです。そう思うと今でも残念で仕方がない」

 中学3年の時のレークプラシッド五輪で、5種目すべて金メダルという史上初の快挙を成し遂げたエリック・ハイデン(米国)にあこがれた橋本氏は、ずっと「全種目を滑らないと私の五輪じゃないと思い込んでいた」という。88年のカルガリー五輪でも全種目入賞を果たすなど「完全燃焼」は橋本氏の代名詞にもなった。だが、その代わりに失ったものも大きかった。「あの時の経験が今、強化の面でとても役に立っている」と前置きした上で、「でも、あんなバカなことは他の選手には絶対やらせられない」と付け加えた。

 偉大な先駆者のこの言葉は重い。22歳の高木はスタミナには絶対の自信があるだろう。だが、五輪の重圧はW杯や世界選手権とは比べものにならない。体への負担も大きい。来年の平昌五輪へ向けてまずは全種目の出場権を得ることが先決だが、その上で得意の1500メートルで金メダルを獲るためにはどうすればいいか、狙う種目と捨てる種目を慎重に選別してほしい。橋本氏の貴重な体験を生かすのは今しかないはずだ。(編集委員)

 ◆藤山 健二(ふじやま・けんじ)1960年、埼玉県生まれ。早大卒。スポーツ記者歴34年。五輪取材は夏冬合わせて7度、世界陸上やゴルフのマスターズ、全英オープンなど、ほとんどの競技を網羅。ミステリー大好きで、趣味が高じて「富士山の身代金」(95年刊)など自分で執筆も。

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