高木姉妹らに期待 平昌五輪の新種目「マススタート」 その魅力とは

[ 2017年3月2日 10:45 ]

冬季アジア大会女子マススタート 序盤で飛び出す、優勝した高木美帆。直後に付くのは2位の佐藤綾乃
Photo By 共同

 スピードスケート担当の記者になって2カ月。1年後の平昌五輪で新種目となる「マススタート」の魅力にすっかり取りつかれている。五輪のプレ大会として韓国江陵市で開催された世界距離別選手権(2月9〜12日)では女子の高木菜那が銀メダル。北海道帯広市で行われたアジア大会(2月20〜23日)では女子の高木美帆が金メダル、佐藤綾乃が銀メダル、男子のウィリアムソン師円が銀メダルを獲得した。

 結果だけを書くと一見、日本人選手が個人種目で力を発揮しただけのように見える。だが、その裏には「チーム戦略」「自己犠牲」「駆け引き」「スケーティング技術」「経験」などさまざまな要素が結果へとつながっており、知れば知るほど楽しくなるエンターテインメント性が高い種目だと感じている。

 まずはルール説明をしたい。通常のスピードスケートは1組2人ずつ順番に滑るタイムトライアルだが、マススタートは10人を超える出場選手全員が一斉にスタートする一発勝負。男女ともリンクを16周し、順位は(1)得点(2)フィニッシュ順で決定。4、8、12周後に計算される3回の中間スプリントではそれぞれ1位5点、2位3点、3位1点を得る。最終スプリントでは1位60点、2位40点、3位20点。つまり最終周回を終えた上位3人に関してはそのまま最終順位となる。ショートトラックのように駆け引きや衝突が勝負を左右することに加え、日本のようにチーム種目として位置づけて入念に作戦を立てる国もある。

 世界距離別で日本女子は姉・高木菜那と妹・美帆が出場。既に4種目に出場し疲労が見えていた美帆が風よけとなり、体力が余っていた菜那を優勝させる方針を取った。具体的な戦略はこうだ。

 【残り1周まで美帆が先頭を引っ張り、その後ろをぴたりと菜那が滑る。最終コーナー手前で美帆が一人分外にずれて菜那に進路を譲り一気にゴールまで駆け抜ける】

 いざレースが始まると最後の1周までは計画通りに進んだが、最終コーナーを迎える前に美帆の体力が限界を迎えた。残り300メートル。菜那が待ちきれず後ろから「外!」と合図を出すと美帆がインを1人分空けた。菜那は戦略よりも100メートル早く先頭に立って必死に滑ったが、韓国の金ボルムに最後の直線で抜かされてしまった。美帆は残り200メートルで他の選手のクラッシュに巻き込まれて転倒して21位。菜那は「妹の力があってのこと。チーム2人でメダルを獲れた」と妹に感謝を述べつつ「本当は勝ちたかったけど最後は足がなかった」と悔やんだ。

 日本はその苦い経験を2週間後のアジア大会で見事に生かすことになる。試合前夜。オランダ出身のヨハン・デビット・ナショナルチーム中長距離ヘッドコーチが出場する高木姉妹、佐藤の3人にこんな作戦を伝えた。

 【菜那はおとりとして2周目で先頭に立って金ボルムを警戒させ、3周目からは後方待機。その隙に美帆と佐藤がロングスパートして逃げ切る】

 作戦は見事に功を奏した。菜那は2周目で先頭に出ると自身をマークしに来た金ボルムを背後に従え徐々にスピードを緩め、インコースを空けた。すると3周目にすかさず美帆が佐藤を連れて意表を突くロングスパート。3位集団に下がった菜那は中盤以降も緩急をつけた巧みなスケーティングでライバルのスプリント力を完全に封じた。菜那が単なる“おとり”であると金ボルムが気がついた時には時遅し。後続が自重し続けている間に、美帆と佐藤の2人は互いに前後を入れ替わって「風よけ」をしながらグングン差を広げた。後続がスパートしても絶対に追い抜けないほどの距離を広げ、最後は1周近くの差を広げてワンツーフィニッシュ。銅メダルに終わった金ボルムは2月24日付の朝鮮日報電子版によると、レース後「作戦は特になかった。どんな状況が起こるか分からないので、各自で試合に臨んだ」と答えたという。一方の美帆は「狙い通りに金メダルを獲れたので日本のチーム力を出せた」と喜び、4位に終わった菜那も「おとりになって残りの2人を逃がす役割だった。いつも妹が助けてくれるが、今回は2人がメダルを獲りにいくのを支えることができた。金ボルム選手が自分をマークしてくれたから作戦がうまくいった」と誇らしげだった。

 各国の出場枠は最大2人となる1年後の五輪も韓国チームが“無策”で来るとは思えない。次戦は3月10〜12日に行われるW杯最終戦(ノルウェー・スタバンゲル)。11月から開幕する来季W杯でも五輪本番に向けて各国同士で様々な“伏線”を張り合うことは間違いない。レース当日まで誰が勝つのか分からない「実質的に個人種目ではない個人種目」であるマススタートから目が離せなくなった。(鈴木 悟)

続きを表示

2017年3月2日のニュース