畑違い、でもない

[ 2017年2月7日 07:30 ]

ソウル五輪シンクロナイズドスイミング銅メダリストで現メンタルトレーナーの田中ウルヴェ京さん
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 【我満晴朗のこう見えても新人類】たぶん、これ以上物理的に「浮き沈みの激しい」スポーツはないように思う。シンクロナイズドスイミングのことだ。

 田中ウルヴェ京(みやこ)さん(49)といえば同競技の五輪メダリスト。1月に東京都内で行われたサッカー女子日本代表・なでしこジャパンの合宿に招かれて「メンタルとは何か」という講義を行うなど、上級メンタルトレーナーの肩書も持つ。スポーツ界だけでなく、ビジネスの分野でも活躍中のキャリアウーマン。って、表現が古いか。

 1988年(昭63)ソウル五輪のデュエットで3位に入った。引退後は米国留学や日本代表チームのコーチを務めながら、2001年(平13)に起業してメンタルトレーナー、経営コンサルティングなどを生業(なりわい)としている。

 元五輪選手としては異色の道を歩んでいると言っていいだろう。現役時代から取材などで会話することが多く、その聡明(そうめい)さにはいつも驚かされた。加えて向学心がすさまじい。米国留学中は3つの大学に在籍。シンクロとか水泳とかの枠をはるかに超える学位・資格を数多く取得し、いまや「シンクロの田中さん」というイメージが薄れてしまうほどの多才ぶりだ。

 現在のキャリアを選んだきっかけは、ソウル五輪後の現役引退だったという。スポーツ用品メーカーに就職したが、早々と「社会人の壁」にぶちあたる。選手時代は五輪メダリストとして周囲からちやほやと持ち上げられており、それが当たり前だと思っていた。ところが現役の肩書がなくなると、かつての威光が通じない。人格まで否定されたような感覚。アスリートとしての適度なプライドがマイナスに働いてしまう。そんな心理状態をどうすれば克服できるのだろうか。米国へ向かったのは、ある意味「自分探しの旅」に近い。

 その現役時も、実はギャップがあった。デュエットの同僚・小谷実可子さんと常に比較されていたからだ。競技だけでの比較ならば受け入れられたが、華のある容姿に恵まれた小谷さんに対する劣等感は消えることがなかった。このあたりの経緯は彼女の著作内で赤裸々に明かされている。そういえば、どれほど2人そろってインタビューを受けても、次の日の紙面は小谷さんが主語だった。今思うと申し訳ない心境になる。

 心に抱えるさまざまな葛藤を克服し、現在は後輩の競技者にアドバイスを送る立場になった。今回の講義もその一環。6年前のドイツW杯で世界一の座に上り詰めながら、昨年のリオ五輪出場を逃す屈辱を味わった「浮き沈みの激しい」なでしこたちにとって、酸いも甘いもかみ分けた田中さんの一言一言は深く染み入ったに違いない。(専門委員)

 ◆我満 晴朗(がまん・はるお)1962年、東京都生まれ。ジョン・ボンジョビと同い年。64年東京五輪は全く記憶にない。スポニチでは運動部などで夏冬の五輪競技を中心に広く浅く取材し、現在は文化社会部でレジャー面などを担当。たまに将棋の王将戦にも出没し「何の専門ですか?」と尋ねられて答えに窮する。愛車はジオス・コンパクトプロとピナレロ・クアトロ。

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2017年2月7日のニュース