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青学3冠&V3!8区ぶっちぎり下田に原監督感謝「大明神」

第93回箱根駅伝 ( 2017年1月3日    箱根・芦ノ湖~東京・大手町 復路5区間10・6キロ )

快走する青学大・8区の下田
Photo By スポニチ

 3年連続往路優勝の青学大が、復路も5時間30分25秒で3年連続で制し、11時間4分10秒で史上6校目となる3連覇を達成した。7区(21・3キロ)の田村和希(3年)が区間11位のブレーキで差を詰められたが、8区(21・4キロ)の下田裕太(3年)が2年連続区間賞で勝負を決めた。出雲、全日本と合わせた大学駅伝3冠は史上4校目で、箱根3連覇との同時達成は史上初。1917年に日本に駅伝が誕生してから100年、青学大が金字塔を打ち立てた。

 いつも陽気な原監督の表情が変わる。15年から箱根で進撃を続ける青学大が、初めてといっていい大ピンチを迎えた。当日メンバー変更で、同大史上最速の1万メートル28分18秒31を持つ田村を7区に投入。序盤は快調だったが、15キロを過ぎて大失速した。「楽勝と思っていたけど“まさか”が存在しましたね」と指揮官。一度は開いた早大との差が詰まる。3連覇&3冠への最後の試練。チームを救ったのは、8区を駆けた同級生の下田だ。

 たすき渡しの瞬間、意識がもうろうとする中、田村は確かに下田の声を聞いた。「あとは任せろ!」。97年にマークされた大会最古の区間記録を目指し、下田は序盤から激走した。向かい風で記録は伸びなかったが、2年連続区間賞。1分21秒に迫られた早大との差を5分32秒とし優勝を決定づけた。原監督にとって箱根9度目の指揮で、今大会のテーマは「サンキュー大作戦」。下田は「あの状態でも走ってくれた田村の粘りに感謝したい」と感謝を口にした。

 初マラソンの昨年2月の東京で、2時間11分34秒の10代日本最速記録をマーク。「もっと上を目指すなら、フォームを変えよう」。上半身にひねりを加える新フォームに取り組んだが、うまくフィットせずに調子が下降した。アニメ大好きな20歳は、大ヒット映画「君の名は。」を3度も映画館で観賞して気分転換。秋には復調したものの、出雲は油断して3区4位、全日本は緊張から1区8位に終わった。

 結果を残せない中、最後に信じたのは自分自身だ。「この一年間、箱根に懸けてやってきた。そう思うと気持ちも上がった」。もはや新春の風物詩と化した独走態勢を築き、原監督も「後ろから見ていてほれぼれした。楽に大手町を迎えることができた。“下田大明神”ですね」と絶賛だ。

 歓喜に沸く大手町で指揮官は3度宙を舞った。「サンキュー大作戦は大成功!サンキュー指数は139%!」。奔放なコメントを残すことで自ら重圧を背負い、選手を伸び伸び走らせる絶妙タクト。他校ならエースの下田を復路の8区に起用できる圧倒的な選手層で史上初の快挙を達成した。

 日本で駅伝が誕生してから、今年でちょうど100年。「そういう年に、3連覇と3冠ができるなんてねぇ」と原監督は感慨に浸った。来季もVメンバー10人中6人が残る。「これだけの戦力が整っていれば4連覇を狙っていくけど、プレッシャーはない」と下田は言う。箱根4連覇&2年連続3冠へ。メモリアルイヤーに刻まれた伝説には、まだまだ続きがある。

 ◆下田 裕太(しもだ・ゆうた)1996年(平8)3月31日、静岡県出身の20歳。加藤学園高を経て青学大に進学。教育人間科学部3年。2年時に全日本と箱根で区間賞を獲得すると、19歳で挑んだ16年2月の東京マラソンで日本人10代最速となる2時間11分34秒をマークした。1万メートル28分33秒77。1メートル68、53キロ。

 ▽青学大陸上部 1918年創部。箱根駅伝初出場は43年で、最下位の11位。76年を最後に出場できない期間が続いた。33年ぶりに復帰した09年は22位に終わったが、その後は徐々に力をつけた。12年に出雲全日本大学選抜駅伝、箱根は15年に初制覇を果たした。箱根の山上りで活躍し15、16年の優勝に貢献した神野大地(コニカミノルタ)らが主なOB。活動拠点は相模原市。

[ 2017年1月4日 05:30 ]

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